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2016-01-11 06:44

日本の経済学と経営倫理を考える

池尾 愛子  早稲田大学教授
 2015年12月30日に本e論壇で、日本在外企業協会(http://www.joea.or.jp/)の「企業グローバル行動指針」(2014年)にふれた。同ウェブサイトには「起草に当たって」(『グローバル経営』2014年7/8月合併号収録)の一文が掲載されている。27年ぶりの指針改訂にあたり、国連のグローバル・コンパクト、経済協力開発機構(OECD)の多国籍企業行動指針などを参考にしたことがうかがえる。そして「三方よし:売りてよし、買いてよし、世間よし」という近世日本の近江商人の格言、自然との共存を図る「里山の自然」の観念に言及されている。この関連では、弦間明氏と小林俊治氏によって監修された『江戸に学ぶ企業倫理』(2006年)も、近世日本の商業活動から経営倫理の源流を引き出そうとするものであることが想起される。倫理となると近世あたりの伝統文化まで遡ることに傾向があるようで興味深い。

 伝統文化の影響は経済研究にも見出される。日本の経済学者で新古典派経済学者と呼びうる人を見つけるのは容易ではないようだ。西洋言語で書かれた新古典派経済学の書物を参照して研究論文を書いても、西洋の古典派経済学と関連する要素が消滅するようである。消費者行動理論は経済学では代替財や補完財の概念等を生み出したが、これは(小麦生産モデル中心の)古典派経済学にはなく、新古典派経済学以降になって初めて登場する。それゆえ、西洋の古典派経済学者には「三方よし」の観念はなかったのではないかと思われる。

 日本で最初のミクロ経済学の教科書といえば、中山伊知郎氏の『純粋経済学』(1933年)であろう。これは、ワルラス(仏->スイス)の一般均衡論、ゴッセン(独)とメンガー(墺)の効用分析、シュルツ(米)の生産者理論、シュンペーター(欧州->米)の企業論・景気循環論を組合せて総合した教科書である。開国後、企業が国際貿易や生産活動で大きな役割を果たすようになったことが十分認識され、経済学の中に企業論が位置づけられてきたのが、日本の経済学の特徴かもしれない。

 多くの日本人経済学者が英語で論文を発表するようになるのは1950年代以降である。日本人には新古典派経済学の流れにそった研究に見えるものでも、西洋人には古典派経済学との関連が見当たらないことから、数理経済学と呼ばれるのが普通である。西洋では、新古典派経済学は古典派経済学の伝統の上に成り立っている。私自身の研究で恐縮であるが、日本人の日本語による「新古典派経済理論研究」を英語で論じた際、西洋の新古典派経済学の書物からの引用を何とか入れようとしたものの、どうしてもフィットしなかったので断念した経験がある。

 さらに東アジアの経済発展を振り返る時、工業団地やコンビナートに集約されるような産業集積(conglomeration)が注目されている。これは「集積」という言葉が定着する前から観察された現象である。工業団地やコンビナートの場合、産業政策と関連付けられることが多く、イギリスの古典派経済学者リカードの用語を使って、「比較優位を創り出す政策」、「比較生産費構造のシフト」などと貿易絡みで動態的に表現されることはあっても、技術進歩が見えない静態的な比較生産費説をそのまま適用することはできないといえるのである。
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