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2015-12-31 12:33

(連載2)トランプ現象と共和党の劣化

河村 洋  外交評論家
 一般にそれなりの教育水準の有権者であれば、若い頃より享楽的な生活を送って大衆向けのテレビ番組でこれ見よがしに汚い言葉で喝采を求めるような人物には投票しようとは思わないものである。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がトランプ氏を称賛したと言って喜び勇んでいるような人達は、あまりに単純である。プーチン氏は共産主義者ではないが、ソ連崩壊後に自らの祖国が「西側流」の強欲な利潤追求者達によって染められてゆくことを嫌い抜いていた。トランプ氏はそうした類の資本家であって、プーチン氏が彼に敬意を抱くとはとても考えにくい。プーチン氏はシロヴィキ(ロシアの治安および国防関係の政治勢力)の出身であり、ロシア国内では享楽的なオリガルヒ(ソ連崩壊後に登場した新興財閥)を抑圧したことを銘記すべきである。むしろ、プーチン氏は心底ではトランプ氏のことなど軽蔑しきっているだろう。

 我々がなすべきことは、そのようにおぞましい共和党の劣化の背後にある現実を探ることである。トランプ氏が指名されなくても、それに続くのはテッド・クルーズ上院議員である。排外主義の候補者の台頭によって世界の中でのアメリカの立場は悪くなっている。クルーズ氏はトランプ氏の悪名高きイスラム教徒の入国禁止案への非難を拒否した候補者である。さらに問題なことに、クルーズ氏はトランプ氏と一緒になって、政府がイスラム系テロリストと背後でつながっているなどと言って、陰謀論を煽り、大衆の恐怖心をかき立てていることだ。何が共和党をこれほど偏狭な思想に動かされやすくしたのだろうか? 『ウォールストリート・ジャーナル』紙のジェラルド・シーブ氏は12月14日付けの論説で「9・11同時多発テロによってアメリカの保守派はレーガン思想の理念である自由貿易と移民受け入れからかけ離れてしまった」と嘆いている。

 デービッド・フラム氏はさらに『アトランチック』誌2016年1・2月号で「ティー・パーティーやその他のグラスルーツ保守派をウォールストリート・ジャーナル紙の論説の支持層だと見なすことは全くの間違いだ」と主張する。すなわち「彼らは政府と同様に大企業にも不信感を抱く労働者である。彼らは政府による規制の徹底的な撤廃に賛同しているわけではない。労働者である彼らは自分達の収入が働かない人々に再分配されることを望んでいない」という。こうした観点から「労働者階級の保守層は移民を嫌っているが、それは彼らが学校での言語支援など手厚い援助を受けながら、そうした労働者達から単純労働の職を奪っているとしているからである」ということである。そうした労働者階級の人々は自分達だけの小さな世界で自らの生活を維持することだけに関心があり、積極的な外交政策などは求めていないばかりか、第二のイラク戦争などは悪夢だと見ているのだ。フラム氏の論説は共和党が衆愚的なハイジャックをされた背景に深い洞察を与えている。しかし共和党支持層には変化の風が吹いているとはいえ、トランプ氏が指名されるようなら、この党が国内および国際舞台で築き上げた長年の信頼は大きく損なわれるだろう。共和党はトランプ氏を反イスラム発言で「宗教の自由を侵害した」として憲法違反を理由にトランプ氏を指名から外すことができる。

 トランプ氏は共和党の名声ばかりかアメリカの名声も汚してしまったのである。トランプ氏を指名したうえでの選挙の勝利など悪夢であり、それよりはトランプ氏を指名しないで選挙に負けた方が共和党にとってもアメリカにとってもはるかにましである。トランプ氏は能力的にも人格的にも大統領としての条件を満たしていない。実際にアメリカの保守派の論客達も私と同様に考えている。『ワシントン・ポスト紙』のジョージ・ウィル氏は12月23日付の論説で「トランプ氏の強迫性に満ちた大言壮語は不安の証である。彼が不安を煽る欲求を抱いていることは、自分の独断専行を他人に押し付けようと強く渇望していることからうかがえる」と警告している。他の論客はトランプ氏にもっと辛辣な批判を行なっている。『ウォールストリート・ジャーナル』紙のブレット・スティーブンス氏は12月21日付の論説で「トランプ氏の選出阻止と保守の理念を守るためにも保守派の有権者はヒラリー・クリントン氏に投票するように」とまで呼びかけている。

 『ウィークリー・スタンダード』誌のウィリアム・クリストル氏は「トランプ氏が指名されるようなら保守派の人々は第三の政党を立ち上げるべきだ」とまで提言している。さらに陸軍に29年奉職した共和党のクリス・ギブソン下院議員は「あの人物に軍を委ねることには懸念を抱く」と厳しく論評しているが、それはトランプ氏の気質と判断力に大きな不安があるからだという。もはや問題は、安全保障に関する知識の貧困どころではなく、トランプ氏が最高司令官としての適性を完全に欠いていることにある。トランプ氏の問題は高々一度の選挙の問題であり、共和党は将来に現在の酷い劣化から立ち直れる。トランプ氏を指名しての選挙の勝利ではまともな共和党員がクラウド・アウトされてしまう。共和党をハイジャックしつつある人々は、嗜好、見識、道徳、そして知性のいずれにおいても、アメリカ国民の中でも最悪の部類である。トランプ氏の選出を阻止できなければアメリカの名声には取り返しのつかない傷がつくことになるだろう。(おわり)
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