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2015-12-30 15:53

1977年「福田ドクトリン」の今日的な意味について

池尾 愛子  早稲田大学教授
 1977年の「福田ドクトリン」(福田赳夫首相のマニラでのスピーチ)は東南アジアをはじめ海外では注目されてきたが、日本ではあまり知られてこなかったかもしれない。74年1月の田中首相の東南アジア訪問に際して、ジャカルタなどで暴動が起ったことへの3年半がかりの日本外交の対応だったともとれる。しかし、世界的に南北対立が先鋭化した時期と重なっていたことも忘れてはならない。実際、72年4-5月のチリ・サンチャゴでの第3回国連貿易開発会議(UNCTAD)の最終決議をうけて、国連総会が動き出し、74年5月に「新国際経済秩序の確立宣言」が採択されている。それゆえ、グローバルな視野での南北問題解決に向けての一手段とも捉えるべきではないか。遡れば、UNCTAD総会が1964年3月に初めてジュネーブで開催され、「成長と援助」勧告を採択して、国際通貨基金(IMF)と貿易と関税に関する一般協定(GATT)に基礎をおく自由貿易推進体制による世界の経済成長政策を補完していくことになった。同64年4月にUNCTADは常設機関となる。翌65年11月に、次のUNCTADを意識した国際会議が「低開発国の貿易拡大方策」のテーマのもと、本フォーラム創設者の一人大来佐武郎氏の組織により箱根で開催された。大来氏によれば、第1回総会は「多くの低開発国の期待にややそぐわないもの」であり、日本の立場は「自国の当面の利益を守ることにとらわれ、貿易を通じて低開発国の経済発展を促進するのに何をなすべきかという建設的な提案を欠いていた」と批判された(拙著『日本の経済学』第8章等参照)。

 東南アジアからの箱根会議参加者をみると、シンガポールとインドネシアから発表があり、マレーシアからオブザーバー参加があった。ただ、東南アジアでは1960年頃以降、輸入代替政策が取られ、日本など外国企業は現地企業との合弁で海外直接投資(FDI)を始めていた。東南アジア諸国の一部の政府がFDIによる技術移転の重要性を認識していたといえる。1967年8月8日に東南アジア諸国連合(ASEAN、アセアン)が、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイの5カ国により結成される。1972年に日本ではFDI規制が緩和され、日本企業のFDIがとりわけアセアンで急伸した。日本人の経済活動が急激に顕著になり、配慮を欠く日本人の行為もあったとされ、現地の市民達は「日本の経済侵略」が始まるのではないかとの危惧を抱くようになった。1973年6月に日本の経済5団体は「発展途上国に対する投資行動の指針」を公表し、「投資受入れ国の発展と福祉の向上に資する」べくFDIを進めるように加盟企業を促した。しかし、これだけでは十分ではなく、1974年1月の暴動が起ったのである。

 特別なスピーチが、アセアン結成10周年記念を目指して準備された。1977年8月、福田総理はASEAN5カ国及びビルマを歴訪したあと、最後の訪問地マニラにおいて演説し、日本の東南アジア地域全体に対する外交姿勢を次の3原則として表明した。第1に日本は、平和に徹し軍事大国にはならないことを決意しており、そのような立場から、東南アジアひいては世界の平和と繁栄に貢献する。第2に日本は、東南アジアの国々との間に、政治、経済のみならず、社会、文化など広範な分野において、真の友人として心と心のふれ合う相互信頼関係を築きあげる。第3に日本は、「対等な協力者」の立場に立って、アセアン及びその加盟国との連帯強靭性強化の自主的努力に対し、志を同じくする他の域外諸国と共に積極的に協力し、また、インドシナ諸国との間には相互理解に基づく関係の醸成をはかり、もって東南アジア全域にわたる平和と繁栄の構築に寄与する。

 このマニラ・スピーチは、日本が戦後初めて示した積極的な外交姿勢として高く称賛され、後に「福田ドクトリン」と呼ばれ、アセアン諸国や海外で記憶にとどめられている。2007年には福田ドクトリン30周年を記念する国際会議がシンガポールで開催され、2013年にラム・ペン・エル氏(シンガポール大学)編集の関連論文集が出版されている。同書の付録として1977年のマニラ・スピーチが全文収録され、日本・アセアン関係は大きく前進して、双方の関係は「新時代の幕開け」を迎えることとなったことが確認される。(Lam Peng Er ed. Japan s Relations with Southeast Asia: the Fukuda Doctrine and Beyond, Routledge, 2013.)

 ラム氏編の論集には、東南アジアの研究者、マニラ・スピーチを準備した外交官、日本のシンクタンク、政治学者のほか、中国からの寄稿がある。中国にも「福田ドクトリン」に込められたような「心と心のふれ合う相互信頼関係」の構築が期待されているのではないか。また、日本の経済団体の努力にも注目してよいであろう。日本の主要経済団体は1974年7月、日本在外企業協会(http://www.joea.or.jp/)を発足させて、さらに情報提供に努めている。73年6月のアセアンへのFDIを念頭においた指針は、87年に先進国へのFDIにも適用される「海外投資行動指針」に、2014年には「企業グローバル行動指針」に改訂された。日本の多国籍企業に期待される「行動方針」は、ASEAN経済共同体(AEC)形成において期待されている「途上国企業の途上国へのFDI」でも指針とされることが望まれていることであろう。
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