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2015-12-30 12:39

(連載1)トランプ現象と共和党の劣化

河村 洋  外交評論家
 現在の共和党は重大な岐路に立っており、ドナルド・トランプ氏という恐怖心の扇動に長けた排外主義のポピュリストの台頭を前に恐れおののいている。アウトサイダーがのし上がってくること自体はアメリカ政治では特別なことではない。歴史上の大統領のほとんどは自分達の選挙運動で反ワシントンのスローガンを叫んで古い政治の刷新を訴えてきた。しかし今回の事態は過去の事例とは全く異なる。トランプ氏は炎上発言を繰り返してはメディアの注目を強烈に引きつけ、右派孤立主義者を取り込んで、支持率を急上昇させている。しかし諸外国や民族的マイノリティーに対するトランプ氏の度重なる暴言によって、共和党の名声、さらにはアメリカの名声は酷く汚されてしまった。遺憾にもトランプ氏の支持者はそうしたことを全く気にもとめていないばかりか、ただ自分達だけの閉じられた世界での安全と良い生活での自己満足を追求している。

 歴史的に言えば、共和党はリンカーンの政党で、南北戦争を目前にしてエスタブリッシュメントが国家と国民の統合のために設立した党である。しかし今日では教育程度の低い人々にハイジャックされた共和党は、国家と国民の分裂をもたらす政党に堕落してしまった。問題視すべきは、トランプ氏の支持層の質である。12月にCNNが行なった調査によると、トランプ氏の支持層は共和党の中でも際立って知的水準が低い。かれらは、暴言を吐きまくるテレビ・タレントの一言一句に魅了されるばかりで、そうした言動が現実の政治にもたらす結果については、ほとんど考慮を払わない。『ボストン・グローブ』紙が10月に行なった調査ではトランプ氏の演説で使用される語彙は小学校4年生レベルで、それは両党の候補者の内では最も低い。政治が真剣な政策論争よりも、テレビ向けの娯楽番組であるならば、これは全く問題にはならない。低学歴でテレビ中毒の人々は、理性よりも感情に訴える語句が好きなのである。

 これは12月15日にラスベガスで開催された討論会で典型的に表れた。テレビ討論では国家安全保障が議題であったが、トランプ氏は外交問題にきわめて無知だということが判明した。特に司会のヒュー・ヒューイット氏が核の三本柱について質問した際に、トランプ氏は全く覚束ない的外れな返答をしたので、ルビオ氏からその意味を明快に教えてもらう有様だった。外交問題評議会のマックス・ブート上級研究員がトランプ氏の最高司令官としての資質に疑問を呈したのは当然である。実際にルビオ氏の討論内容は知識人から高く評価されたが、トランプ氏はテレビ・タレントぶりを評価されただけであった。

 トランプ氏はメディアから圧倒的な注目を集めたが、この討論会の議論の軸となったのは、マルコ・ルビオ氏に代表される対外介入主義とテッド・クルーズ氏に代表される孤立主義であった。ルビオ氏はパリとサン・ベルナンディーノでの事件に鑑みて、テロに対する強力かつ断固たる対応を主張した。これに対して、クルーズ氏は中東での行動は慎重にすべきで、民主化の促進よりも本土防衛を重視すべきだと訴えた。テロの脅威の増大は、通信に対する監視の強化、反米的独裁政権の放逐、そして国防費の増大を訴えるルビオ氏に有利に働く。他方でクルーズ氏は共和党内の孤立主義感情に訴えかけるために、不法移民への市民権授与に反対している。そうした中でトランプ氏が4年生レベルの語彙で自らの外交政策を語ることなどほとんどできないことが明らかになった。しかし、きわめて不可解なことに共和党支持者は彼がどれほど無知で中味がない候補者であろうとも気にもかけないのか、支持率の方は討論会の後に急上昇している。

 イラク戦争後の米国では台頭する孤立主義に対抗して、国際舞台でのアメリカのリーダーシップを強化するための超党派の外交政策を模索しようとする有識者の動きがある。2014年5月6日および7日に本欄の姉妹欄に当たる
e論壇『百家争鳴』への拙連載投稿でアメリカのアフガニスタン政策に関して述べたように、保守派のアメリカン・エンタープライズ研究所とリベラル派のアメリカ進歩センターは合同で政策討論会を開催している。また政府レベルではブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏が2008年大統領選挙でジョン・マケイン候補の政策顧問だった立場を超えて、現国務長官麾下の外交政策委員会に加わっているばかりか、超党派のエジプト政策研究グループで共同議長を務めている。しかし今の共和党は全米の無教養な群衆にハイジャックされている。トランプ氏の暴言はイスラム教の同盟諸国を非常に憤慨させてしまったために、世界の中でのアメリカの名声を著しく傷つけてしまった。中でもイランの脅威に直面するサウジアラビアは、オバマ政権後に共和党政権の成立することを切望していたが、混乱した候補者によって全てがぶち壊しになった。(つづく)
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