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2015-12-25 06:41

慰安婦「妥結」へと動き急

杉浦 正章  政治評論家
 全国紙のうち数紙だけが「責任は私が持つ」という首相・安倍晋三の言葉を紹介しているが、今回の外相・岸田文男への訪韓指示のキーワードはこれだ。国家の最高権力者がめったに言わない言葉を口にした背景には、日韓関係をめぐる大きな潮流を読み切った判断があるのであろう。岸田の訪韓で即「妥結」に向かうか、再度の最終折衝や、安倍と大統領・朴槿恵の再会談に最終決着が委ねられるかは別として、妥結に向け本格的に動き出したことは間違いない。日韓関係をめぐる潮流を分析すれば、やはりすべては11月2日の日韓首脳会談が、大きな現状打破のきっかけとなっていたことが分かる。同会談はまず少人数で「慰安婦」を主議題に1時間行われた。ここで何が話し合われたかはいまだに不明だ。しかし、その後の動きを見れば、推定できる。安倍はこの場で産経の記者の裁判などでの大統領の“配慮”を求めたに違いない。そして朴はこれに応じたのだ。韓国は3権分立とは名ばかりで、大統領の意向がもろに裁判に反映する国柄だ。朴は裁判への“干渉”を行ったのだ。産経前支局長への判決では、韓国外務省が日本側への配慮を裁判所に要請するという異例の措置を取った。1965年の日韓請求権協定の訴えを却下した憲法裁判所の判断の直前には、外相・尹炳世が「賢明な判断を期待している。国際社会が関心を持ち見守っている」と公言している。

 安倍はこうした朴政権の動きを見極めた上で、秘密交渉を続けてきた国家安全保障局長・谷内正太郎の情報も考慮に入れ、朴の「本気度」が確かなものであると判断するに到ったのだろう。これが、「私が責任を持つ」発言につながったのだ。それでは、朴の紛れもない“軟化”はどこに原因があるのだろうか。端的に言えば、就任以来「慰安婦」を軸に国論をまとめてきた路線が行き詰まったのだ。いわば「慰安婦」が重荷になってきたとも言える。安倍は「朴には愛想が尽きた」とばかりに、対米、対中外交を展開した。日米関係は安保法制の実現もあって、かつてないほどの良好な関係に到り、対中関係も中国国家主席・習近平との一連の会談で、“氷解”しつつある。これがもたらしたものは、韓国の極東における孤立である。朴は国際外交の現実が、自らが展開した「慰安婦言いつけ外交」には向いていないことを悟るに到ったのだ。

 加えて、米国の対韓圧力がある。日韓関係を米国から見れば、安全保障上の観点を度外視した韓国の「慰安婦執着」が目に余るものとして映ったに違いない。その証拠に米国は今年の春ごろから朴外交批判に回っている。米国務次官・ウェンディ・シャーマンは「愛国的な感情が政治的に利用されている。政治家たちにとって、かつての敵をあしざまに言うことで、国民の歓心を買うことは簡単だが、そうした挑発は機能停止を招くだけだ」と発言、朴を戒めたのだ。国務省高官らは慰安婦問題に「うんざりする」と述べるに到った。さらに朴は韓国の置かれた経済的な窮状を目の辺りにせざるを得なくなっている。アベノミクスで事実上の完全雇用を達成している日本に比較して韓国経済はウォン高で輸出が不振、若年層の失業率が大幅に上昇、深刻な社会問題となっている。当初は朴の「反日」路線を支持してきた財界からも対日関係の根本的な是正を求める声があがり、朴の路線を支持してきた浅薄なるマスコミも、手のひら返しをし始めた。TPP(環太平洋経済連携協定)の出遅れも、韓国内では「失政」と見る空気が強い。ようやく朴も「慰安婦執着」だけでは国民を引っ張れないことをひしひしと感ずるに到ったのだ。

 今後の交渉の展開だが、交渉の主軸は慰安婦への金銭支給の方法に絞られるだろう。日本側は請求権問題は慰安婦問題も含めて日韓協定により「完全かつ最終的に解決された」(官房長官・菅義偉)という立場であり、これが変化することはない。しかし、日本政府部内では、人道的な観点からの妥結策として、平成19年に解散した元慰安婦に償い金を支給した「アジア女性基金」のフォローアップ事業(医薬品などの提供)を拡充、予算を1億円規模に増額し、一括して渡すことも検討している。これで妥協が成立すれば、日本大使館前の少女像撤去問題などは「派生問題」として解決される可能性が高い。しかし韓国側がまだ慰安婦問題での法的責任問題にこだわるのなら、話はご破算になる可能性があるが、潮流としてみれば韓国側はこだわらない可能性が高い。さらに最終決着に当たっては安倍側の演出効果も重要である。有り体にいえば「お涙頂戴」である。昔小泉純一郎がハンセン病患者らと官邸で会う際に、「握手して肩を抱くように」と人を介して進言したことがあったが、小泉はその通り実行した。安倍は「心が痛む」と言っているのだから、元慰安婦らと面会して、涙を流さなくても潤んだ目つきで慰安婦らの肩に手を添えるようにすれば、韓国民は情の国民でもある。訴えるところは大きいだろう。
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