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2015-11-06 08:24

習近平の「台湾総統選干渉」は失敗に終わる

杉浦 正章  政治評論家
 このところ外交攻勢で乗りに乗っている中国国家主席・習近平が、こんどは66年ぶりという中国・台湾トップ会談を選択した。紛れもなく来年1月の台湾総統選挙を意識した露骨な選挙干渉である。民進党が現政権与党である国民党を20ポイントもリードしている現状の「逆転」をはかろうとしているのだ。しかしおそらくこの試みは失敗に終わるだろう。場合によっては民進党の躍進につなげてしまうかも知れない。首相・安倍晋三はその民進党主席の蔡英文と先月“秘密会談”を行ったが、習近平はまるでこれに触発されたかのように、11月7日に国民党主席・馬英九と会談する。安倍は“先物買い”だが、習近平はあえて「落ちる間際のリンゴ」を食べて何をしようというのか。焦っているのだろうか。訪米、訪英、独仏首脳との会談と、習近平の外交活動が、その成否は別としてめざましい。これは明らかに共産党内部や国内紛争対策が一段落して、国家主席としての地位も当面は安定し、外交に乗り出す余裕が出来たことを意味する。外交重視の安倍にとっても対外プロパガンダで“強敵”が登場したことになる。しかし、1月の総統選挙に向け苦戦し、来年5月には総統の座を降りるレームダック・馬英九との会談で、習が一体何を目指すかである。

 まず一つは一か八かの選挙干渉で国民党候補を逆転勝利に導きたいのであろう。先の抗日戦勝利70年式典の軍事パレードについて筆者は、日米と台湾総統選挙へのけん制があると指摘したが、そのけん制の効果は全く生じていない。民進党はかえって有利になった形だ。このため、馬英九との会談で親中路線を取る国民党敗北ムードにとどめを刺そうと、大きな賭に出たのが今回の会談である。しかし過去の例を見れば選挙干渉が成功した例は、2008年に馬英九が当選した時くらいであろう。選挙に先立って中国は反国家分裂法を作成した。同法は台湾に関して「独立の動きがあれば、武力攻撃も辞さない」という内容であり、かなりの“脅迫効果”があったとうけ止められている。しかし、その他の選挙干渉はすべてが裏目に出た。初の直接選挙となった1996年の総統選では台湾海峡にミサイルを撃ち込み露骨な干渉に出たが、李登輝の票はかえって押し上げられた。2000年の総統選挙では中国首相・朱鎔基が台湾に対する脅迫発言をして、かえって逆効果となり、民進党・陳水扁の票を増やした。今回の場合はなぜマイナスかと言えば、中台サービス貿易協定をめぐる学生の動きに象徴される世論の潮流を見れば分かる。

 2014年3月にひまわり学生運動に賛同する学生と市民らが、立法院を占拠した動きだ。中台統一を嫌うが、台湾独立を掲げるまでに到らない潮流が、総統選挙を支配する方向となっているのだ。また若者らの嫌中感情は高まる一方だ。習近平はこうした“風潮”があるにもかかわらず、なぜ馬英九と会うかだが、66年ぶりの会談への「自信過剰」があるのではないか。その過信が選挙逆転を可能とみるに至らしめているのだ。例え負けた場合でも、会談したという実績は誰が総統になろうと残るのであり、蔡英文もそのうちに尻尾を振って会いたがるとの読みがあるのだろう。また習近平は馬英九との会談で“仕掛け”をする可能性がないとは言えない。元総統・李登輝は「馬英九は何をしでかすか、分からない」と述べている。一部観測筋には習近平が和平協定を台湾との間で締結し、それに伴い台湾が「一つの中国」を認めてしまえば、後は誰が総統になろうと、後戻りできなくできるから、それを狙っているとの見方がある。何を企むか分からない習近平と何をしでかすか分からない馬英九の会談は、いくら注目しても仕切れない「危うさ」が伴っているのである。

 一方中国は、蔡英文が訪日する前から怒りまくっている。外交部の報道官は「蔡英文の訪日に断固反対する。日本が一つの中国の原則を順守し、台湾独立を唱えるいかなる人物にも台湾言論に関するいかなる空間をも提供しないことを要求する」と噛みついた。蔡英文が山口県を訪問したことについても「なぜ山口県を訪問しなければならないのか。そこで屈辱的な下関条約を結んだことを忘れたのか。山口県は安倍首相の出身地であり、安倍首相との関連を象徴している」と憤っている。ところが蔡英文と安倍が極秘裏に会ったと報道されると、またまた、非難を繰り返した。習近平にも報告が届いていることは間違いあるまい。これが習近平の馬英九との会談に踏み切らせた理由の一つになっていることはまず間違いあるまい。

 台湾のメディアは安倍が10月8日の正午過ぎから東急ホテルの橘の間で安倍と会食したと具体的に報道しており、会談は間違いないだろう。日本側は中国への配慮があるから公表しないが、台湾側は会談をリークさせて一定の効果を出す戦術だ。米国は南沙諸島では中国と鋭く対決して、「習・馬会談」には歓迎の意向を表明、まるで左右の股にくっつく二股膏薬を張っているかのようである。しかし歓迎の姿勢は表向きだろう。中東対策や南沙諸島対策に追われ、それ以外の地域にエネルギーを注ぐ余裕は正直言ってないという事情がある。しかし台湾がなし崩しに中国の実効支配下にのみ込まれることも、戦略上適切ではない。馬英九が最後に“危ない置き土産”をするのではないかということへの警戒感があるのが本当のところだろう。アメリカ政府の台湾での代表機関「アメリカ在台湾協会」の元代表・ダグラス・パールは「総統選で中国にプラスになる可能性は小さい。マイナスの方が大きい」と読んでいる。
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