国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2015-09-01 14:15

国際政治と安保法制における法と力

河村  洋  外交評論家
 日本の安保法制をめぐる議論は国際政治に基本的で普遍的な問題を突きつけているが、それは法と力の関係である。グロチウスが『戦争と平和の法』を著し、人類はケロッグ・ブリアン条約によって戦争の非合法化さえ試みた。しかし、それで第二次世界大戦は防げなかった。このことを踏まえれば、6月4日に衆議院で行なわれた安保法制に関する3人の憲法学者の証言はあまりにも単純なものであった。3人の憲法学者達が「違憲」と「法的安定性」の両語を法案阻止のカードに利用することは理解できなくもないが、しかし3学者は、国際政治が力の支配で動くものだという国際政治の性質を理解しているとはとても思えなかった。

 主権国家が乱立している世界では、法で平和を保証することはできない。このことはブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員が述べたような、カント的な永遠平和の世界とホッブス的な力の論理の世界の対比からもよくわかる。法的安定性とは主として国内向けのものである。安保法制反対派は「法的安定性」という呪文を唱えているが、それが通用するのは国内政治であって、国際政治ではない。世界は「政治的安定性」のためにパックス・ブリタニカとパックス・アメリカーナを必要としてきた。

 そうした世界のホッブス的な現実に鑑みて、安倍政権はカント的な法的安定性と新時代の安全保障上の要求との微妙なバランスを非常に注意深くとっている。それが典型的に表れているのがペルシア湾に関する事項で、イランのA2AD能力向上で艦隊防空がより重要になっている現状があるにもかかわらず、安倍晋三首相は「日本は掃海艇を派遣するにとどまる」というきわめて抑制された答弁に終始している。本欄で幾度も述べてきたように、これでは日本はなすべき安全保障上の役割を十分に果たすことはできない。さらに安倍氏は、この掃海作業において、自衛隊が多国籍軍への後方支援以上の任務に就くのは、きわめて例外的なケースだと明言している。礒崎陽輔首相補佐官が法的安定性について物議を醸す発言をしたが、安倍氏のアプローチは、それどころか過剰に慎重でさえある。

 3人の憲法学者達は「憲法違反の安保法制で日本の民主主義と法の支配は終焉する」と非難している。しかし世界の実際の反応を見ると、アメリカ、NATO諸国、アジアの民主主義諸国は新法案を歓迎している。安倍政権が提案するこの法案が、反対派の学者達が言うようにそれほど危険なものであるのなら、これが民主的な国々から支持されているのはどうしたことなのだろうか?他の国を見ると、中国は世界市場の重要市場と見なされながらも人権蹂躙で国際世論の非難をしばしば浴びている。西側の重要な同盟国であるサウジアラビアでさえ、民主化に逆行すると国際世論から批判される。しかし日本で「違憲」とされる安保法制が民主主義諸国で敵意にさらされることは全くない。現在、日本のメディアは安保法制が採決されるかどうかにだけ注視しているが、採択された後のこの安保法制が、世界からどのように受け入れられ、適用されるかについて考えることも重要である。それは問題がすべての人々にとって自国の安全保障に関わる国際政治の理論と政策の基本問題だからである。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム