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2015-08-26 10:04

(連載2)脅威のグローバル化と日本の国益

河村  洋  外交評論家
 オバマ大統領は議会の批判を何とか乗り切るかも知れないが、核協定が施行されるとしても、それで米・イラン関係が緩和すると考えるのは夢想的と言わざるを得ない。過去にはSALT合意が米ソのデタントを保証しなかった。米・イラン間の外交的雪解けを信じる永田町の政治家達は、レオニード・ブレジネフ氏のカモにされたジミー・カーター氏と同類としか思えない。イラクとシリアのISISを打倒するうえでイランが同盟国になるとの主張も見られるが、それも妄想としか言えない。イランはISISの拡大阻止を望んでいるかも知れないが、彼らの真の狙いは両国を不安定化させてアメリカと近隣アラブ諸国の影響力を弱めることである。それはイランが支援するシーア派代理勢力をさらに勢いづかせる。永田町の政治家達の間では政策通とされる議員まで核協定後の米・イラン関係に楽観的なのは、どうしたことだろうか?いずれにせよオバマ大統領の任期は1年過ぎには終わり、次期大統領がたとえ民主党であってもイランにはより強硬になるだろう。また核協定は地域の緊張の引き金になりかねず、イスラエルやサウジアラビアはイランの地域支配を懸念している。

 石油輸送路に突きつけられる脅威はイランだけではない。海賊やテロリストといった非国家アクターも機雷や対艦ミサイルで航海の自由を妨げることができる。ハマスがイスラエル攻撃のために巡航ミサイルを配備していることを忘れてはならない。イランやテロリストのようなこの地域の脅威を理解するには、イスラム過激派の思想的および歴史的背景を知る必要がある。ある永田町の政治家はアメリカあるいは欧米によるイスラム過激派掃討に日本が巻き込まれることを避けられれば、イスラム過激派と友好的な関係でいられると言う。しかしかれらは殺戮と破壊のイデオロギーで、カフィール(異教徒)と穏健派ムスリムに対して徹底的に非寛容である。一度でもアラーへの冒涜だと見なされれば、キリスト教徒やユダヤ教徒であろうとなかろうとイスラム過激派による攻撃の標的となってしまう。イスラム過激派は中世にはインドの仏教を根絶した。タリバンはバーミヤンの大仏の救済に向かった日本代表団を侮辱的にあしらった。これらの観点から、受動的で孤立志向の平和主義では日本が宗教過激派に対処するうえで役に立たない。ISISが今年の1月に後藤健二氏と湯川遥菜氏を身柄拘束して殺害するより以前から、彼らは多くの日本人を殺害してきた。

 湾岸の安全保障がどうであろうとも、日本人の中には我が国は高まる一方の中国と北朝鮮をはじめとした近隣の脅威に集中すべきとの声もある。彼らは自国から遠く離れた場所に自衛隊を送るのは日本の国防と財政の資材の無駄だと言う。しかし歴史は彼らの見方が間違いだと教えてくれる。例えば、韓国は国境を隔てた北朝鮮の甚大な脅威に直面していながら、ベトナム戦争に派兵した。当時の韓国にとってベトナムなどほとんど気にもかけない存在で、それよりも近隣に北朝鮮、中国、ソ連といった敵対的な国々を抱えて孤立して包囲されている状況の方が深刻であった。日本との関係は緊張していた。よってソウルはアメリカへの忠誠を証明する必要があった。ポーランドも同様にイラク戦争に参戦してアメリカとの緊密な同盟関係をロシアに見せつけた。そのような忠誠は、同盟国にとって自分達の国益をアメリカの外交政策に反映させるうえで何らかの役に立つことがある。

 さらに海外派兵は実戦部隊の戦闘経験を深める良い方法である。日本自衛隊は多国間演習で訓練の行き届いたパフォーマンスから高く評価されている。しかし日本が戦後70年間の平和に浸かっていたこともあって、自衛隊は世界でも最も実戦経験が乏しい軍隊である。日本のリベラル派はそれを誇りにしているが、私の目には現在の自衛隊がマシュー・ペリー来航時の徳川武士に見えてならない。自衛隊は戦闘経験もなしに、日本本土に直接的で差し迫った危険が及ぶ際に実戦を戦えるだろうか?自衛隊が中東およびアフリカで多国籍軍に参加できれば、それは自国本土での危険な事態への対処を準備するうえで、まさに好都合な修業場となるだろう。アジアにおいては自衛隊に実戦経験がなくても重要な責任を背負わざるを得ない。他方で中東やアフリカなら自衛隊は比較的低いリスクで実戦の中で戦争について学ぶことができるが、それは主要交戦国がアメリカ、NATO同盟諸国、そして地域の関係諸国だからである。これは日本が「殺るか殺られるか」という戦場への見習いと準備をするうえで好都合な環境である。イギリスのヘンリー王子は「アフガニスタンでタリバン兵をプレイステーションのように射殺した」と語った。自衛隊もヘンリー王子のように平常心を持って敵に直面しなければならない。

 アメリカあるいは欧米が中東や他の場所で行なう戦争に日本が巻き込まれてはならないと強調する者は、アジア太平洋諸国との友好とパートナーシップを重視しているのだろう。しかしこれは我が国が世界の中で占める特別(exceptional)な地位に対する素っ気ない否定である。日本はアジア太平洋の国でありながら、明治末期以来「西欧列強」の一員としてアメリカやヨーロッパと共に世界を運営してゆく立場であった。日本国民はペルシア湾の戦略的重要性も日本の特別な地位もよく理解している。永田町で「自衛隊を湾岸に派兵するなど国民には理解できない」と言うのは全くの間違いなのである。私は天才でも何でもないが、ここに記したようにペルシア湾派兵の重要性と日本の特別な地位をよく理解している。よって日本国民がペルシア湾の重要性をよく理解することに何の疑いの余地もない。(おわり)
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