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2015-08-25 23:42

(連載1)脅威のグローバル化と日本の国益

河村  洋  外交評論家
 国会における安保法制の議論では、諸野党が安倍政権は自衛隊の海外派兵に地理的制約を課すべきだと主張している。国際的な作戦に無制限に関与すれば憲法9条が空洞化しかねないとの懸念からである。野党はそうした制約が緩和されてしまえば法的安定性を損なうと憂慮している。さらに安倍政権の全世界的な関与政策に反対する勢力は、日本はアジアの国として東アジアの脅威、特に中国と北朝鮮への対処に国防の全力を集中すべきだと主張する。しかし、こうした議論には説得力がない。テロ、過激思想、専制政治、核不拡散といった脅威はますますグローバル化しているからである。また日本はペルシア湾からの原油輸入に総需要の80%以上も依存している。よって、日本はアメリカおよび西側主要国とともに湾岸の緊急事態を管理してゆく必要がある。我々が忘れてはならないことは、現在の積極的平和主義と安保法制の発端は1991年湾岸戦争での外交的屈辱であることだ。国連決議に基づくアメリカ主導の多国籍軍がサダム・フセインの不当なクウェート侵攻に懲罰を科した時に、日本は何も支援できなかったばかりか、「アメリカの軍事作戦に資金を出すATMマシーンだ」と嘲笑されてしまった。この事件によって日本は、戦後日本の平和主義がどれほど受動的か、それどころか孤立的なものかを、知らしめられたのである。この観点から言えば「自国の周辺」という地理的制約を超えて世界の安全保障の負担を分担することは、基本的に日本の国益だと言える。

 ペルシア湾での石油輸送路の安全保障に関しては、最も重大な脅威はアメリカの空母打撃部隊に対するイランのA2AD能力の向上である。実際にイランは今年2月の海軍演習で模擬空母を破壊し、アメリカ艦隊攻撃への強い意志を示した。アメリカの空母機動部隊は日本の防衛にとって大変重要な要素であり、敵の米空母攻撃は日本の国家と国民にとって明白な存立危機事態である。日米同盟の深化に最も不熱心な政治家の一人である小沢一郎衆議院議員でさえ、日本の防衛にとって米第7艦隊は不可欠な存在だと認めている。よって私は、安保法制が日本の防衛任務に地理的制約を課すべきではないと強く主張する。安倍政権は「湾岸へは掃海艇の派遣のみ」という非常に抑制された関与を提案しているが、本質的には艦隊防空の方がもっと重要である。鉄壁にさえ見える米空母であるが、防御の武装はほとんどなく、夜間には不意打ちの攻撃を避けるために飛行甲板の照明度を落としているほどである。このことは空母打撃部隊の防衛にはアメリカのイージス艦やイギリスの45型艦のように先進技術を駆使した駆逐艦が必要なことを意味する。この観点から、アメリカやイギリスのように艦隊防空用駆逐艦、すなわち自衛隊ならイージス艦を派遣することが、日本の重要な国益に適うのである。よって、安倍政権のきわめて抑制されたビジョンにさえ反対する者は、あまりにも孤立志向なのであり、それでは1991年の湾岸戦争の屈辱のような過ちを繰り返すことになりかねない。

 日本人には主力艦喪失が戦略的そして象徴的にもたらす意味の大きさを理解するうえで重要な歴史的体験があり、それも攻撃側と防御側の両方の立場を経験している。シンガポール陥落の時に日本帝国陸海軍はイギリス海軍の戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスを撃沈し、アジア太平洋地域の英連邦および大英帝国の諸国に重大な戦略的および心理的な打撃を与えた。他方で、レイテ沖海戦によって日本帝国海軍が戦艦武蔵をはじめとする主力艦を喪失し、近隣海域の制海権を失うと、日本の本土はアメリカの空襲にさらされることになった。現代のペルシア湾で敵がアメリカの空母への攻撃に成功すれば、それはどこか遠くでの軍艦の喪失では済まない。世界各地で脅威となる勢力が勢いづき、割れ窓理論で言われるようにこれらの勢力がパックス・アメリカーナに対して立ち上がるだろう。そうなると日本にとってはまさに存立危機事態である。

 永田町には、最近の核協定をイランとアメリカの外交的関係の雪解けであると見なす国会議員がいる。バラク・オバマ大統領はカイロ演説での謝罪姿勢に見られるように就任以来、イランへの外交的アプローチを変えようとしてきた。しかし、間違ってもアメリカとオバマ氏を同一視してはならない。イギリスのデービッド・キャメロン首相がオバマ氏と親しい友人だからといって、オバマ氏の評価が必ずしも高くなるわけではない。実際にオバマ政権の核協定は、キャピトル・ヒル(米議会)で超党派の厳しい批判にさらされている。協定に反対でほとんど一致している共和党議員ばかりか、民主党議員からも反対の声が挙がっている。そうした民主党員の中で、チャック・シューマー上院議員は8月6日付けの『ウィークリー・スタンダード』誌のブログで「核の野望を捨てない限り協定によってイランが穏健化することはない」と主張している。シューマー議員の見解を裏打ちするかのように、イランのアリ・ハメネイ最高指導者は「イランの事情に部外者は口を挟むべきでない」いと述べた。これはハメネイ師には核計画を止める意図などなく、ただ制裁の解除だけを望んでいるものと解釈されている。こうした事態に鑑みて、もう一人の民主党員のボブ・メネンデス上院議員は「核協定によってイランの核開発能力が完全に排除されたわけではない」として深刻な懸念を表明している。すなわち、フォルドのように査察官が入り込めない施設があるばかりか、依然として多数の遠心分離機がイランの手にあるということである。(つづく)
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