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2015-08-03 16:33

(連載1)F35戦闘機は航空戦のあり方を変えるか?

河村  洋  外交評論家
 F35ライトニング統合打撃戦闘機は航空戦のあり方を革命的に変えるものと思われている。しかし同機の配備によって退役する予定のF16ファイティング・ファルコンとの格闘戦での敗北によって、今年の6月末から7月初頭にかけてF35の評価については、全米を巻き込む議論となった。模擬格闘戦では、新鋭の戦闘機が古い世代の戦闘機に負けることは必ずしも驚くべきことではない。F15イーグルは実戦では無敗の制空戦闘機としてよく知られているが、初期には2世代古い航空自衛隊のF104スターファイターに負けたこともある。たった1回の勝利や敗戦で兵器の質を判断することは性急なのである。
 
 国防総省は、格闘戦での結果によってF35がアメリカの航空兵力の中核としての資格を失うわけではないと擁護する。同省統合計画局によれば「F35は格闘戦に当たってファースト・ルックで敵を発見するセンサーも、レーダーからの捕捉を逃れるステルス塗装も、敵機に機首を向けたり照準を合わせたりしなくても撃墜できる兵器も搭載していなかった」とのことである。またF35はBVR(視認外射程)戦と地上攻撃を想定した設計で格闘戦向きではない。近接航空戦を担うのはF22ラプターで、これが第5世代戦闘機のハイ・ロー・ミックスである。さらにマイク・ホステージ退役空軍大将は「F35は飛行高度と速度ではF22に及ばないかも知れないが、ステルス性は優れている。よってF35は敵の空域を通過して防空システムを破壊したうえで、空対空の戦闘をF22に任せることになる」と論評している。たとえそうだとしても「F35のレーダー捕捉が難しいことはBVR戦で第4世代の戦闘機を撃墜するうえでは非常に有利な点である」とホステージ大将は言う。

 国防政策の中枢はこのように肯定的な主張だったが、格闘戦の結果がセンセーショナルに取り上げられるようになったのは、ジャーナリストのデービッド・アックス氏が運営する”War in Boring”というブログに記載されたF35のテスト・パイロットの匿名の証言のせいであった。それによると「F35が『クリーン』な状態ながら、F16の方は両翼に燃料タンクを追加して戦ったという条件から、この機の機動性には疑問がある。またパイロットの情報分析のために設計されたヘルメットが大き過ぎて、格闘戦の際に頭を動かすことが困難だ」とのことである。よって、そのパイロットは「F35は第4世代の戦闘機より劣る」と評価している。実際にF35の重量は、F15でも地上攻撃能力強化のために通常の機種よりペイロードと航続距離を伸ばしたF15Eストライク・イーグルとほぼ同じである。しかし小さな両翼とエンジンのアフターバーナー出力の弱さも相まって、F35の機動性はストライク・イーグルよりもはるかに劣る。さらに『アビエーション・ウィーク』誌のビル・スウィートマン上級国防編集員は「F35がステルス性でF22より優れている」というホステージ大将の主張に反論している。すなわち「航空力学的にもF22の方がF35より電波の反射が少ない。またF35は主として輸出用の製品である。制空の他にもF22の方がスピードとミサイル搭載量が優れているので、DEAD(敵防空網破壊)作戦利用でも優位にある」ということが根拠である。

 そのように全米を巻き込む議論となったのは、価格の高騰、スケジュールの遅延、そしてソフトウェアや兵器とのマッチングといった技術的な問題である。F35は1機当たりの価格ではまだF22より低価格であるが、開発費用の総額はすでに同機を上回っている。開発価格はすでに当初の計画より2千億ドル以上も上回り、スケジュールも3年遅れている。そのためF35の配備数は削減され、その余剰資金は既存の戦闘機のアップグレードに回されることになる。技術的な問題も深刻である。海兵隊は今年の夏よりSTOVL版のF35Bを配備し始めたが、地上の動く標的の攻撃に使用される多モード誘導弾でも最先端のSBD-II を当初予定分の数を搭載することができない。これはウェポン・ベイの形状が合わないためで、その解決は2022年以降になる。さらに旧式のA10サンダーボルト攻撃機の方が近接航空支援に特化しているとの意見も根強い。

 ステルス戦闘機の計画は費用もかかり、技術的にも厳しい要求が突きつけられる。さらに統合打撃戦闘機は多国間プロジェクトなので、意思決定過程が複雑になる。これはユーロファイター・タイフーン計画でも見られたことである。F35はパートナー諸国の多様な要求を調整するために、タイフーン以上に多大な労力が必要になる。過去にはアメリカはロバート・マクナマラ国防長官(当時)の指導下に海空軍共同でF111アードバークの製造計画を立ち上げた。基本的な考え方は長距離ミサイルを搭載する共通の航空機モデルを製造し、海軍と空軍双方の要求を満たすことで開発とメンテナンスのコスト・ダウンをはかろうというものである。その結果、F111は重量過剰で飛行の機動性に支障をきたしたばかりか空母での運用もできなくなった。F35も同じ間違いを繰り返しているのだろうか?(つづく)
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