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2015-07-29 10:03

南シナ海軍事化に強まる米国の危機感

鍋嶋 敬三  評論家
 中国が南シナ海で七つの岩礁を埋め立て造成した人工島に港湾や滑走路を建設し、急ピッチで軍事基地化を進めていることに対して米国の政策コミュニティーに危機感が一気に強まってきた。最近公表された衛星写真によれば、スプラトリー諸島のスービ礁に作った3000㍍級滑走路はB52戦略爆撃機が発進できる米グアム基地に匹敵する。中国による南シナ海軍事化の動きは、日本にとって死活的に重要な海上交通路(シーレーン)を押さえるだけではない。南シナ海全域の主権を主張する中国が制海権、制空権を握り米国に対してA2/AD(接近阻止/領域拒否)戦略上の強力な効果を発揮し、アジア太平洋地域の軍事バランスを自国に有利に変えることになる。これは日本の安全保障に重大な影響を及ぼす。

 米国はその国家軍事戦略で中国を米国の安全保障を脅かす国の一つと認めた。日本の防衛白書は中国の「高圧的な対応」が続き「不測の事態を招きかねない」と指摘した。尖閣諸島への継続的な領海侵入、過去最多の緊急発進(スクランブル)、軍事利用も可能な16基にも達するガス田開発用プラットフォームなど、中国が日本の安全保障を脅かしていることは明白である。米オバマ政権のアジア太平洋リバランス(再均衡)政策は、対中抑止の点からは効果を上げていない。中国が米国主導の第2次大戦後の国際秩序を再編しようとする大きな戦略の下に動いているからであり、オバマ政権が毅然とした対応をしなかったためである。

 中国は経済的には米国を利用しつつ軍事的、政治的な影響力を削ぐことによって、自らの勢力圏拡大に動いている。中国が対外政策を自制的なものに転換しない限り、米中関係は不安定な方向へと傾斜し続け、地域の緊張は激化せざるを得ない。ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)が7月下旬に開いた南シナ海に関する会議はこれまでにない関心と多くの聴衆を集めた。フェローのG.ポーリング氏は会議報告の中で、前例のない埋め立てが「紛争の力学を変え」、南シナ海問題は戦略的課題のトップに躍り出たと言う。紛争は地域だけでなく、米日豪などの非当事国にとっても「深刻な脅威」となり、米政府も高まる緊張が南シナ海での「ニューノーマル(新たな常態)」と認識していることを指摘した。

 カーネギー国際平和財団のM.スウェイン上級アソシエーツは下院での証言(7月23日)で「南シナ海問題の重要性の一つは、米国にとって不利益な勢力圏を中国が作り出すことにある」とした。「南シナ海での緊張の高まりが米中関係を敵対的で、極めて不安定なものにする恐れがある」とも警告。「米中最高首脳間で話し合わなければならないほど緊急で重要な問題であり、9月の習主席訪米による首脳会談でエスカレーションの連鎖を避けるための相互保証を確認すべきだ」と提言している。「南シナ海の非軍事化ができなければ、さらに危険な状況が生じ、その流れを逆転させることは極めて困難になる」と危機感を露わにしている。日本国内では南シナ海をめぐる安全保障情勢についての国民レベルの危機意識は極めて希薄である。情報を速やかに公開してこなかった政府の怠慢である。中国による力づくの一方的な現状変更による情勢の急激な悪化と、日本に与える深刻な影響について認識することが、参院で始まった安保法制論議の出発点であることを改め指摘しておきたい。
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