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2015-07-08 14:15

中国は巨大な後進国:その実力を冷静に見届けよ

河村  洋  外交評論家
 中国の台頭は国際政治の学徒の間では最重要テーマの一つである。様々な国際会議ではアメリカ人からヨーロッパ人、アジア人、そして日本人まで国籍を問わず世界各国の有識者達は、この巨大な新興国の上昇と、この国がグローバルな問題で影響力を拡大してゆくという「マニフェスト・デスティニー」を受け入れよと説いている。中には、「我々のような従来からの大国は、国際社会の力の変遷という動向に抵抗することなく、自らの衰退を受け入れよ」と言わんばかりの受け身の発言さえ見られる。何が起ころうとも、それが望ましくても、望ましくなくても「諸行無常を受け入れよ」というのは、あまりにも仏教的である。しかし、世界はホッブス的である。そこで一国の指導者がそのように諦観的な態度をとれば、その国は野心に満ちた新興国のなすがままに陥ってしまうだろう。新たに台頭してくる国の国力は、適正に評定し、対処しなければならない。ともかく中国は多くの有識者達が言うように本当にそんなに強いのだろうか?この国が勃興する大国であることに異論はなく、それが世界秩序と国際安全保障にかなりの影響を及ぼすことは、事実であろう。

 しかし、中国は同時に大変な経済大国だと見なしてよいのだろうか?この疑問については、中国経済の相反する性格を注視すべきで、それは国家全体では巨大な経済も、一人当たりの所得ではきわめて貧しい国だということである。世界銀行が公表した2014年の一人当たり国民所得によると、中国はアトラス方式(名目)では世界101位で、購買力平価では105位となっている。財界人はしばしば急激な経済成長と都市開発に印象づけられてしまうようだ。伊藤忠商事会長から転身した丹羽宇一郎駐中国大使を見ればよくわかる。中国経済が全体として大きいのは巨大な人口が主要な要因である。歴史的にも民が貧しい経済大国など、スペインからオランダ、フランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、日本にいたるまで例がない。そのために中国の本当の経済的な実力を評定することは非常に難しい。少なくとも中国にとってアメリカが最有力の手強い経済的な競合国だという認識は、馬鹿げている。実際のところ、中国は日本やヨーロッパ主要国などに追いついてもいない。中国はロシアよりもはるかに貧しい。近い将来、中国がアメリカを追い越す?それはいつのことか?

 世界各国の有識者達がこれほど単純明快な事実を見過ごしてしまうのは、なぜだろうか。中国の実力に間違った評定を下せば、北京の共産党がその創り出す心理的な幻想を利用して、自らをより有利な立場に置こうとすることは間違いない。アジア・インフラ投資銀行はその好例である。社会問題や環境問題に対してどこまで考慮するかという懸念はさて置き、中国が多国間機関を運営するだけのノウハウや専門知識を持っているとは到底思えない。この国は地域機関でも安全保障同盟でも主導的な役割を果たしたことはない。この国は西側、ソ連、そして非同盟のどのブロックからも孤立してきたのである。多国籍開発銀行を運営するために必要な数の中国人経済専門家はいない。さらに、この貧しい国に多国籍銀行を実質的に一国で運営するだけの経営体力はあるのだろうか?中国が日米両国および国際社会の敬意を勝ち取りたいという希求は理解すべきだが、彼らに多国籍開発機関を運営するだけの能力があるかどうかは疑わしい。

 他に問題とすべき点は製造業である。中国は世界の工場と呼ばれ、付加価値の低い製品と一般消費者向け用品での競争力については反論の余地がない。しかし、ハイテク製品ともなると、中国は世界のトップ・ランナーではない。人民解放軍の戦闘機のほとんどはロシア空軍のもののコピーである。例えばJ11はスホイ27から、J15はスホイ33からといった具合である。中国独自のステルス戦闘機J31さえミグ29と同じエンジンを使用している。実際に中国製のエンジンは旧式で、パワー不足である。J31はアメリカのF35の情報をハッキングしたコピーと見なされているが、2014年珠海航空ショーでのパフォーマンスは酷い評価であった。しかし、正当であれ、不当であれ、模倣は模倣に過ぎない。興味深い事例はドイツ製214型潜水艦の韓国への技術移転である。韓国はドイツのハイテク潜水艦を建造するライセンスを認可されたが、ボルト接合技術が充分に発達していなかったので、その潜水艦を造れなかった。言い換えれば、基礎レベルの技術もなしに模倣を行なうのは、素人が一流コックのレシピを読んだだけで作った料理のようなものである。よってライセンスであれ、ハッキングであれ、コピーされた技術は本物の技術ではない。

 中国のミサイルも輸入品か、コピーであり、ロシアやアメリカの技術に依存している。このことは中国の製造業の基盤が非常に脆弱だということを示している。経済の面では、中国はもはや止めようもないほど台頭する国ではなく、アメリカ、日本、ヨーロッパ主要国、そしてロシアに追いつくには程遠い。G2構想など白昼夢である。また中国は軍事超大国でもない。中国は巨大な低開発国に過ぎない。中国が「衰退するロシア」をジュニア・パートナーにすると信じる者もいるようだが、私にはそんなことはほとんど考えられない。スーザン・ストレンジの構造的な力の理論を適用すれば、国防のあり方を決定づける力を行使しているのはロシアであって、中国ではない。ロシアの技術への依存は、中国の国防システムをそれに応じたものにしてしまう。この観点から、私は日本国際フォーラムの伊藤憲一理事長が本欄5月12日への寄稿で対独戦勝70周年記念での習近平氏のモスクワ訪問について、「それにしても、そのような場に中国の習近平国家主席が席を連ねたことは、果たして中国のためによかったのであろうか。私は疑問に思う」と書いておられるのに、注視している。最後に、最初の質問を繰り返したい。どうして世界各国の有識者達は中国の台頭にそれほど受容的なのか?国際社会で自国の序列が下がることに寛容なのか?諸行無常の仏教的諦観は、政策形成者の取るべき態度ではない。何かが望ましくないのなら、それを望ましいものに変えねばならない。何かが望ましいのなら、それをさらに望ましいものに変えねばならない。
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