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2015-06-19 14:22

米国の対イラン接近に不安を募らせる中東の米同盟諸国

河村  洋  外交評論家
 さる3月11日にグローバル・フォーラム(代表世話人伊藤憲一)が主催した「日米対話」において、慶応大学の宮岡勲教授と細谷雄一教授が同盟に関するいくつかの理論的な概念について言及した。特に他国への「巻き込まれ」および他国からの「見捨てられ」のリスクは非常に重要である。通常は脅威の認識に食い違いがある時には、強い同盟国が弱い同盟国に自国の立場を押しつけると思われている。しかし、アメリカ海軍大学のジェームズ・ホームズ准教授は全く正反対に「弱小な同盟国は同盟の盟主の力を最大限に利用して自国の国益の伸長をはかるのに対し、強大な同盟国は対立国との対決のリスクを冒そうとは思わない。これはペロポネソス戦争の直前にスパルタとの対決を促すケルキュラの要求を前にアテネが直面した事態である」と指摘している。上記のホームズ氏の指摘は、アメリカとその同盟諸国の関係を考えるうえで、非常に有益な示唆を与えてくれる。特にイランの核脅威に関してイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と米国のバラク・オバマ大統領の間で見られる見解の不一致を理解するうえで、有益である。

 問題は2点ある。第一は核協定自体の効果で、それというのもこれが一時的なものだからである 。第二の点は核拡散を超えたイランの脅威そのものの性質である。両方の論点ともに、イランによるシーア派過激勢力支援から直接的な脅威を受けているイスラエル、サウジアラビアおよびその他湾岸アラブ諸国といった中東の同盟諸国と米国オバマ政権とのパーセプション・ギャップに由来するものである。いわば中東の同盟諸国はオバマ氏が自分達をケルキュラ扱いしているのではないかと疑念を抱いている。最後の論点が事態をさらに複雑にするのは、ロシアと中国が核協定後のイランに関わってくるからである。例えばロシアはイランにS300対空ミサイルを売却しようとしている。核協定に関して、反対派はウラン濃縮と遠心分離機に規制が緩いうえに、協定が一時的な合意であることに懸念を抱いている。イラン国内の濃縮ウラン貯蔵量が減るとはいえ、必ずしも海外に輸送されるというわけでもない。イランの核施設はどれも閉鎖されない。また遠心分離機も全廃されるわけでもない。これは2012年にオバマ氏が突きつけた要求から大きく後退している。ワシントン近東政策研究所のマイケル・シン所長は「協定は一時的な合意で、しかも公式の文書でさえないため、拘束力がほとんどない」と評している。同じくワシントン近東研究所のデニス・ロス評議員は「オバマ政権は核協定に関して、特に一時合意の有効期間、査察、そして違反への処罰といった懸念材料にどう対処するか示すべきだ」と主張している。

 ところで、ロス氏はオバマ氏の顧問でもあるが、そのロス氏ですら「現在の協定のままでは、オバマ氏が第一期政権時に掲げたイランの核開発を無能化するという目的から後退している」と認めている。しかし「この協定によってイランの意志を平和的なものに変えられる」ともロス氏は言う。協定への賛成派は「イランは制裁の影響で経済的に疲弊しており、国際的な核不拡散規範の遵守に積極的になるだろう」と言う。よって「現実的な合意によって、我々の重大な目的であるイランの核兵器保有阻止を達成すべきだ」と主張する。しかし、イランとアメリカが協定の文書の意味の解釈で食い違っているとあっては、そうした議論は反対派に対してほとんど説得力がないだろう。4月2日のローザンヌ合意では、イランは今後15年間に3.67%までウランを濃縮できることになっているが、イラン原子力庁のアリ・アクバル・サレーヒー長官はイラン国営のプレスTVとのインタビューで「20%のウラン濃縮はいつでも可能だ」と応じている。さらに、アリ・ハメネイ最高指導者は「アメリカは制裁を即刻解除して、協定の実施に踏み切るように」と要求した。この食い違いは、文書に書かれた英語とペルシア語という言語上の違いによるものだと言う者もいるが、実態はどうなのであろうか。

 ウッドロー・ウィルソン・センターのロブ・リトワク副所長は「解釈の違いが起きるのは両国の内政事情によるもので、イランの強硬派は『大悪魔』との協定など望まず、アメリカの強硬派も『ならず者国家』との合意には懐疑的だからである」としている。アメリカの核協定反対派とイスラエルは、イランの体制の性質を協定の内容以上に問題視している。これに対して、賛成派は文書の技術的な問題に注目すべきだと主張する。そうした事態とは裏腹に、リトワク氏は「解釈の相違をもたらしたのは、政策として重視するものの違いである。アメリカはイランが核分裂物質を製造する能力に制約を科そうとしているが、イランはエネルギー目的でウラン濃縮をしたいと思っている」と語る。こうした議論以上に注目を集めているのはヘンリー・キッシンジャー元国務長官とジョージ・シュルツ元国務長官が『ウォールストリート・ジャーナル』紙に4月7日付けで発表した連名投稿である。そこでは、「イランが国際査察官を騙そうと思えば、多くの施設も核分裂物質も査察の対象外なので簡単にできる。中東でのアメリカの同盟諸国は、オバマ政権が一時的で拘束力の弱い合意を取り付けたことで、イランの地域的な覇権を認めたと見なしている。よってサウジアラビアは独自の核抑止力を模索している」と指摘している。イラン核問題をめぐるパーセプション・ギャップはこれほど深刻である。オバマ政権がイランとの交渉成果を急ぐあまり、イスラエルやサウジアラビアがアメリカから「ケルキュラ扱い」をされたと判断すれば、それは必ず良からぬ結果をもたらすだろう。
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