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2015-02-04 10:46

したたかなヨルダンの交渉術を見て

山田 禎介  国際問題ジャーナリスト
 「イスラム国」の捕虜となっていたヨルダン空軍中尉はすでに殺害されていた。ヨルダンはイラク女性死刑囚の刑を執行するという。イスラム国の邦人人質殺害事件は依然尾を引いている。「捕虜の中尉の生存の証拠を示さない限り、女性死刑囚との交換交渉には応じない」とした、したたかヨルダンの交渉術。また被害者である日本への哀悼を忘れていない。一方で日本政府の邦人人質殺害事件の交渉プロセスには謎が山積する。三井物産マニラ支店長誘拐事件(1986年11月)と同じく、今後とも解放交渉の真相が明らかにされることはないだろう。失敗した水面下の解放交渉には複雑な時系列がある。しかも多方面にわたり、同時並行で進められた様子だ。また情報には多分に憶測、希望的観測をも交えざるを得ない情況があった。とても早急に総括し、結論付けられるものではない。自国スタンスを崩さないヨルダンには中東の治安、政治情勢の不安、不確実さのなかで生き抜く姿を感じざるを得ない。

 多分に憶測、希望的観測で最大のものは、事件前半部で起きた「トルコが事件解決のカギ」とのメディアの一斉合唱だ。イスラム国家トルコへの期待は、イラン・イラク戦争中の1985年、テヘランに取り残された在留邦人をトルコ政府が特別機で救出した事実を多くのメディアが想起したこともあると思う。しかしイスラム国は、米欧出身者を多く抱え、電子メディアも駆使する異質のグループ。世俗イスラム国トルコとは、次元の違う存在だ。後半に登場し、これまた焦点となったヨルダンについてまたも「事件解決のカギ」との期待がメディアに再び高まった。しかしその中東ヨルダンについて、メディアを含め、日本はどれほどその複雑な歴史を知っているのか。

 したたかだったヨルダンの交渉術には、この国が現イスラエルを含む英委任統治領パレスチナの一部だった歴史の土壌がある。このパレスチナで英国はイスラエル建国に関わり、かつまた現ヨルダンを保護国として第二次大戦後まで維持した。現アブドラ国王の母は英国出身。母はイスラム教に改宗したが、その母の父親はヨルダンの精鋭「アラブ軍団」の顧問英軍人だったことは誰も触れない。さらにアブドラ国王は、先代の故フセイン国王とともに、少年時代から英国で教育を受け、サンドハースト英陸軍士官学校出身。英国、並びに戦後は米国支援のもとにあるのがヨルダンの実態だ。多くの米英の政治アドバイザーが国王周辺に駐在する。今回、早期から邦人ジャーナリストら二人の解放への水面下の交渉が、本邦ヨルダン大使館において進められた。また当然だが、日本政府は接触交渉についてほとんど手の内を明らかにしない。真相は分からないが、最後まで水面下では身代金要求がずっと続いていたとわたしは思う。最悪の事態となった後のオバマ米大統領支援声明の素早さには、米国政府が、日本に対し身代金要求に強く反対した背景がほの見える。ところで本邦メディアには、事件渦中で事態を解説する中東専門家たちと悲惨な結果のあと出てきた専門家とは、また顔ぶれも違ったのがいかにも不自然だ。

 それにしても鳴り物入りで登場した米国お手本の国家安全保障会議(NSC)、米NSCと対照的にまったく機能しなかった不安がある。政権末期でレームダックとなっているオバマ米大統領を尻目に、日本は一面、経験不足の中東外交だったのではないだろうか。外交常識で、イスラエルとアラブ諸国を同時訪問できる”力量”が求められるのは、現状、米英仏のトップだけと思えるからだ。安倍首相に「イスラム国から8500キロも離れた場所にいながら自ら進んで進んで今回の“十字軍”に参加した」と言ったイスラム国の指摘も妙に気になる。また一般論として言えば、「被写体と映像を求めるジャーナリスト」の行動は、20世紀には当時のベトナム、カンボジアに代表される東南アジア紛争地から、現代は中東、アフリカという、乾燥地域の多いイスラム圏紛争地に集中シフトしているのも気がかりなことだ。湿潤な熱帯仏教圏が大半だった東南アジアの精神風土は日本人に理解しやすいものだが、乾燥地中東の厳しい風土が生んだ「砂漠の掟」には、そこで生き抜くためには、日本人が考える「卑怯」という発想はほとんど見られない。また頼りにせざるを得ない現地ガイドも、どこまで信用できるか常に疑問が付きまとうはず。そのリスクを十分考えての行動が求められるはずだ。
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