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2014-08-26 11:30

後藤田正晴の「壮大な空振り」

津守  滋  立命館アジア太平洋大学客員教授
 広島土石流大災害で、住民に対する避難勧告が遅れたことが問題になっている。これを受け、古谷防災担当大臣は、事後に「今後は空振りになってもよいから、早め、早めにこの種の勧告を出すように」と関係者に指示を出した。それにつけても思い出すのは、「危機管理の神様」後藤田正晴官房長官(当時)の、伊豆大島・三原山大噴火(86年11月夕刻)をめぐる「空振り事件」である。当時官房長官秘書官の職にあった平沢勝栄氏(現衆議院議員)によると、概略は次の通りであった(『私の後藤田正晴』より)。

 大爆発とともに噴火口から大量の溶岩が流れ出し、同島最大の集落である元町地区に向かい始めた。後藤田は、溶岩が元町付近の海中に突っ込んでしまうと、水蒸気爆発が起こり、島民1万300人と観光客3000人が吹っ飛びかねないと直感した。後藤田は直ちに関係する各省庁の幹部を招集し、狩り集められるだけの船を調達し、その日のうちに全員島から避難させるよう厳命した。これを受け、海上保安庁、海上自衛隊、東海汽船の巡視船、輸送艦、客船など計39隻が急遽集められ、一人残らず東京など本土に避難させた。島に残りたいという人も全員連れていくという徹底ぶりだった。「これは人命にかかわる緊急事態だ。空振りになるかもしれないが、オレが責任をとる」との鶴の一言で、「無茶苦茶だ」というような多数の批判の声を抑え込んだ。

 結果的に溶岩流は海に到達せず、作戦は空振りに終わった。「後藤田流トップダウン方式と言うが、やりすぎだ」といった声も出たが、「早々と避難を決断、1万人の離島を整然と完遂した関係者に敬意を表したい」(毎日新聞)など、おおむねこの作戦は評価された。政治家、公務員のもっとも重要な任務は「国民の生命と財産を守る」ことだ、との牢固とした信念を一生貫いた後藤田は、安全保障問題でも、日本が戦争に巻き込まれる事態を、極度に恐れていた。イランとイラクが交戦中の86年、ペルシャ湾への掃海艇派遣に職を賭して反対した。当初派遣を積極的に進めようとした中曽根首相も、後日「あの時の後藤田さんの判断は正しかった」と述懐している。

 世の中ややもすれば前のめりになる恐れが出てきている現在、このような慎重な姿勢を貫く人物の価値を再評価すべきではなかろうか。
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