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2014-07-26 12:38

(連載1)裁判員裁判そのものを否定した最高裁判決

苦瀬 雅仁  公務員
 7月24日に最高裁は裁判員裁判における量刑が不当に重いとして、原判決を破棄し、量刑を軽くする判決を下した。この判決は裁判員制度の正当性の根拠の面からも、量刑判断を最高裁が覆す理由の在り方の面からも、大きな問題があると考えられる。そもそも、裁判員制度は制度それ自体が憲法違反の可能性が濃厚であるとも見られるものである。なぜなら日本国憲法が認める国民の裁判を受ける権利は、同じ憲法の定めによって独立性と専門性が保証された裁判官が構成する裁判所の存在が前提とされており、現行裁判員制度は、このような憲法の要請に合致しないからである。しかし、憲法違反の疑いが濃厚であるにもかかわらず、なおあえてこれを導入したことについて正当化する根拠を探すとするならば、それは、法曹専門家の狭い視野から解放された、健全な市民感覚を判決に反映しうるという実質があるから、ということであろう。

 その健全な市民感覚の代表的な一つの例は、これまでの職業裁判官による不当に軽い量刑を覆す点にあると言えるであろう。しかし、最高裁は、7月24日の判決(以下「本判決」という)において、裁判員裁判による重い量刑を不当とし、裁判員裁判を正当化し得るわずかな根拠すらも否定してしまった。長年にわたって、一般人と比較すると被告人の権利を重視する方向の判断に傾く傾向が、法律学者や法曹には見られる。これは「犯罪者はけしからん」から「犯罪者は厳しく罰するべき」などの感情に基づく単純な素人判断が不適切な場合があることや、専門家による長年の研究・検討の中で「過重な刑罰を避ける」との考えが慎重に積み重ねられてきたためのものともいえ、国民の権利擁護等の観点から一定の必然性・合理性はあるものと考えられる。しかし、慎重な積み重ねが過剰なものとなって、犯した罪の償いや応報の程度、また危険な犯罪者を出さないという犯罪の予防、抑止の観点からも、量刑が軽きに失する傾向になっていたるのではないかということは、強く疑われてきた。

 山口県光市の事件のような場合でさえ法律学者・法曹の多くは死刑に慎重であったし、永山基準の不適切な適用により被害者の数が1名であることを重く見て、他の要素から死刑の妥当性が認められると思われる場合でも、死刑を避けるなどといった判断もなされていて、法律専門家以外で健全な常識を持つものなら、大多数が「刑罰が軽すぎる」と考えるような判決も少なくなかったというのが実情であった。本判決では、従来の量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在について、第一審判決が「具体的、積極的な根拠が示されているとはいい難い」として、過去の量刑の傾向と異なる第一審の判決の量刑を否定し、原判決を破棄している。

 しかし、本件第一審の裁判員裁判において量刑の過去の傾向等については裁判員に対しての説明がなされた上で、職業裁判官を含めて検討され、職業裁判官1名以上の賛成を含んで結論を出した上でのものであり、その理由の判決書への記載も丁寧になされており、量刑の理由は「具体的、説得的に判決に示されている」と評価されるべきものである。仮に本判決の趣旨が、過去の判決の量刑の傾向と異なるという点に関して、過去の量刑の傾向の問題点まで具体的に指摘せよというものなのであれば、(裁判員裁判に使える時間などの制約を考えても)それは不要かつ過大な要求であり、事実上裁判員裁判において過去の量刑の傾向を新たに打ち破ることを認めないものとなり、裁判員制度導入のわずかな意義を大きく損なうものであるとともに、現在及び将来の事件自体についての公正な判断を妨げる要因となりかねないものである。(つづく)
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