国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2014-06-19 08:25

(連載2)ロシアのウクライナにおける行動

伊藤 憲一  日本国際フォーラム理事長
 というのも、プーチン政権発足直後の2000年8月に私はロシアを訪れ、その帰国報告(雑誌『諸君!』12月号掲載)で、「プーチン大統領は今後十年、二十年の長期にわたり新生ロシアの建設を指導することになり、ピョートル大帝やスターリンに匹敵するロシア史上の建設者としての位置を占めることになろう」と予言していたからである。この予言はその後ピタリと的中したと思っているが、予言の根拠は、当時プーチンが、「暴力」依存の権力基盤を構築しつつあり、それがロシアの伝統的な政治文化である「力治国家」体制に適合していると判断したからであった。「力治」という概念は私の造語であるので、一言説明する。

 「力治」の担い手は当時「マシーン」と俗称され、やがて「シラビキ」(武闘派)と呼ばれるようになったKGB(政治秘密警察)関連の権力の系統であって、かれらはほどなく財界の反プーチン勢力を代表するホドルコフスキー社長を逮捕して、当時石油ガス利権の象徴であったユコス社を解体に追い込んだ。無限定の絶対権力を行使する政治秘密警察の「力治」こそは、イヴァン雷帝のオプリチニナ政策に発し、スターリンの大粛清につながるロシアの伝統的内政構造であり、それはプーチン政権によって継承され、対外的に投射されて、ロシア外交の体質となっているというのが、私のロシア論であったし、それは今でも変わらない。

 今回のロシアの行動は、民兵を偽装したロシア軍をクリミアに送り込み、ロシア編入の是非を問う住民投票で「民意を得た」と称して、クリミアを一方的にロシアに編入してしまうという典型的な「力治」的行動であったが、同時にそれは事前に周到に準備された作戦計画に基づく謀略性の高い行動でもあった。2008年のグルジアから南オセチア、アブハジアを奪った手法も同じであった。それは、満鉄線を自ら爆破しておきながら、中国側の暴発であるとして、一挙に全満州の制圧に動いた、旧日本軍の満州事変をも想起させた。1990年のイラクのクウェート侵攻、あるいは1968年のソ連のチェコ侵攻とも同質の行動である。われわれは、そこにこそ「ロシアのウクライナにおける行動」の本質的な意味を読み取らねばならない。

 では、今回国際社会が新しく抱え込んだ問題とはなにか。多分それは、ポスト冷戦期の安全保障上の脅威である「ならず者国家」が、ロシアのような大国である場合には、どのように対応すべきか、という問題であろう。この対応は慎重の上にも慎重ならざるを得ないわけであるが、幸いなることに、われわれには「冷戦時代」の成功体験がある。「力治国家」ロシアは「冷戦」の敗北から何ものも学ばなかったのだろうか。国際社会は、冷戦時代をつうじて「武力行使による現状の変更は絶対に認めない」との原則的立場を貫いた。3月18日のクリミア編入にあたり発表されたプーチン・ドクトリンがロシアの本音であるのなら、国際社会は、それなりに腹を据えて、「ロシアのウクライナにおける行動」の本質的な意味を理解し、対応しなければなるまい。(終わり)
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム