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2014-06-03 06:50

シャングリラ会議で花開いた安倍外交

杉浦 正章  政治評論家
 首相・安倍晋三と米国防長官・ヘーゲルの連係プレーが、中国軍人の反論を圧倒し、今後のアジア安保の潮流を作ったことは確かであろう。シンガポールでの「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)」では、南シナ海や東シナ海で中国がとる覇権行動に対して、国際社会が共同で対処する潮流が出来上がった。これはとりもなおさず中国国家主席・習近平のとなえる米国との「新型大国関係」の挫折であり、中国の対日プロパガンダの主軸である歴史認識問題が、今そこにある中国の覇権の脅威論に席巻された事を意味する。中国の主張する領土・領海問題での当事国対応の路線は崩され、多国対応がアジア安保の潮流となった。上海でのアジア相互協力信頼醸成会議からわずか1週間余りで、その潮流を逆転させたのがシャングリラ会議であった。上海会議で習近平は「アジアの国々がアジアの問題を主導するようにすべきだ」と、中国主導でアジアの問題を処理する方向を打ち出した。これは米国や日本などを排除し、アジアにおける覇権を確立しようとするものと言えた。ウクライナ問題で孤立したロシア大統領・プーチンと、日米による対中包囲網で窮地にある習近平が同病相憐れむ型の連携を打ち出したものでもあった。

 ところがシャングリラ会議は、出席した中国軍人が歯ぎしりするように指摘したとおり、日米連携による対中けん制が席巻した。これを象徴する重要発言だが、まず安倍が「アジアの平和と繁栄よ永遠なれ」と題する演説で、「法の支配」という言葉を計12回も使って、東シナ海や南シナ海で強引な進出を繰り広げる中国を直接名指しを避けながらも、非難した。演説で安倍は(1)国際法に基づく正しい主張、(2)力や威圧に頼らない、(3)紛争の平和的解決の3原則を掲げ、「3原則にのっとって解決を求めようとしているフィリピンの努力を強く支持する。ベトナムが対話を通じて問題を解決しようとしていることを同様に支持する」と強調。日米同盟を基軸として豪州、インド、東南アジア諸国連合と連携して「平和を確かなものにするため積極的な役割を果たす」と言明した。ヘーゲルは中国を名指しして、ベトナム沖での油田掘削を「情勢を不安定化する一方的な行動」と非難。同時に東シナ海での防空識別圏の設定を認めず、「尖閣は日米安保条約の対象」と明言した。これに対して中国人民解放軍副参謀長・王冠中は「講演は想像していない内容だった。日米が結託して中国に挑んだ」と不満を表明した。安倍の名を挙げての批判もした。国際会議の場で軍人が一国の首相を名指しで批判するという、異例の事態となった。官房長官・菅義偉が6月2日「中国軍の幹部の反発は、全くの事実誤認に基づく主張や、わが国に対する中傷だったと思う。日本側の代表団から中国に対し、強く抗議している」と反論したのは至極もっともである。

 シャングリラ会議の特色を分析すれば、日米が南シナ海と東シナ海の問題を多国間で解決しようとする姿勢を鮮明にさせたことである。これに対して中国は「紛争はあくまで当事者同士で解決すべき」との立場から衝突した。中国にしてみれば2国間の問題に限定して米国の介入を極力排除して事を有利に運ぼうとする戦略である。単独でアジアにおける覇権を握ろうとするものだ。これに対して日米は対中包囲網によるけん制を前面に打ち出している。米国がフィリピンとの軍事同盟を強め、日本がフィリピンやインドネシアに加えてベトナムにまで巡視船を供与しようとしているのはその現れである。会議の雰囲気は露骨な中国の海洋覇権主義に対して批判的な空気が横溢しており、安倍やヘーゲルの発言は歓迎する空気が濃厚であった。中国側は日本軍による侵略という歴史認識の問題を取り上げたが、安倍が「日本は戦後大戦への痛烈な反省に立って自由で民主的な国をつくった。ひたすら平和国家の道を歩み続ける」と発言すると、会場は拍手に包まれた。これは中国による「歴史認識」戦略が、「覇権の現実」に敗れた事を意味する。国際社会は日本の70年にわたる平和志向を見逃してはいないのだ。もちろん安倍が精力的な外交努力を繰り返し、ASEAN10か国全てを歴訪、豪州などとの関係強化にも努めた下地がある。その下地がシャングリラ会議で花開いたのだ。

 しかし今後中国は、当事国同志の領土問題解決を主張し、多国間による問題解決を拒否し続けるだろう。したがってこの対立の構図は今後長期にわたって競い合う時代に入ったと見るべきであろう。歴史認識の問題について中国は、来年が第2次大戦戦勝70周年に当たることから、ロシアとともに戦勝国を中心に会議を開催して対日けん制をしようとしているが、ヨーロッパで孤立するロシアと、アジアで包囲網を受けている中国が呼びかけても説得力はない。歴史認識どころか世界は中露による19世紀末のような帝国主義的な覇権の現実に直面しているのだ。ベルギー・ブリュッセルで4、5両日に開かれる先進7カ国首脳会議でも中国の海洋進出に懸念を表明し、自制を迫る首脳宣言が盛り込まれる方向で調整されている。さらに11月にはシャングリラ会議に匹敵する重要会議がひしめいている。北京でアジア太平洋経済協力会議(APEC)、ミャンマーで 東アジア首脳会議(EAS)、オーストラリア・ブリスベンでG20が開催される。中国が覇権主義を維持する限り日米連携による封じ込めの動きは継続し続けるだろう。
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