国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2007-01-05 13:23

フセイン処刑の問題点――死刑廃止は世界の潮流

吉田康彦  大阪経済大学院客員教授
 イラクのサダム・フセイン元大統領に対する死刑が、12月30日、判決確定からわずか4日で執行された。罪状も148人のシーア派イスラム教徒の殺害を命じたという容疑だけで、国内治安を早急に回復したいというブッシュ米政権の意向が強く働き、イラク政府が全くの傀儡政権であることを改めて露呈した。マリキ首相としても政権担当能力を示したかったものとみられるが、控訴棄却を一方的に決定したことには問題がある。米・イラク両政府は、一見公正で合法的な裁判の形式を踏まえながら、フセインを早く「片付けて」しまいたい点で思惑が一致した。

 死刑廃止は、人権尊重の立場からの世界の潮流である。1989年には国連総会で「死刑廃止条約」が採択され、EU(欧州連合)はじめ先進諸国はすべて死刑廃止を決めている。平和の破壊、民族虐殺、大規模人権侵害を犯した者は、ハーグのICC(国際刑事裁判所)で裁かれることになっている。「法の支配」に向けての人類社会の一歩前進である。ユーゴの独裁者ミロシェヴィッチもICCで公判中だったが、2006年3月に獄死した。ICCの判決は終身刑が最高で死刑はない。これに対し米国はICCに未加盟であることを理由にフセイン引渡しを拒否、最初から死刑にするつもりでイラク国内の特別法廷で裁いた。この特別法廷は米国の法律専門家の助言・指導で運営され、運用資金も米国政府が負担している。

 ちなみに、先進国で死刑を当然のように受け入れ、執行している国は日本だけである。米国は州によって異なる。日本人ほど死刑制度に疑問を感じない国民はない。いつ世論調査を実施しても、国民のほぼ70%が死刑存続を支持している。被害者は報復感情を露わにし、「人が人を裁き、命を奪う」ことに疑念を抱かない。死刑廃止論の根拠は、冤罪が絶えないことと犯罪抑止の効果がないことだ。

 フセイン処刑は、冷戦終結のドサクサに紛れて、1989年12月、即決の人民裁判でチャウシェスク大統領夫妻を銃殺刑にしたルーマニアの例にも匹敵する暴挙だった。このようなインチキ裁判は後世に禍根を残し、スンニ派に怨念を残すだろう。サダム・フセインの統治が少数派のスンニ派支配の恐怖政治だったにせよ、フセイン時代には無差別の自爆テロは存在せず、治安はよく、市民は安心して街に出て買い物をし、レストランで食事ができた。イラク国民はいま「思想・信条の自由」はあっても毎日「生命の危険」にさらされて生きている。

 自由、人権、民主主義が保証され、衣食住に不足しない社会が望ましいことはいうまでもないが、人間にとっては「安心して生きられる」ことが最低条件だ。米国のイラク侵攻以来、米軍兵士の死者も3000人に達しているが、イラク国民の死者は推定15万人を超えるとされている。独裁と抑圧を肯定するつもりはないが、イラク国民は無政府状態と内乱を望んだわけではないはずだ。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム