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2013-06-08 10:50

(連載)シリア問題と米ロ会談(1)

水口 章  敬愛大学国際学部教授
 1950年末から60年代初頭にかけて、日本の国際政治研究の舞台で、坂本義和氏(東京大学)と高坂正堯氏(京都大学)が「平和と安定の条件としての勢力均衡」について学術論争を展開した。高坂氏は「今日の国際社会は、勢力均衡を保つことで平和と安定が維持されている」と現実主義的観点から勢力均衡の重要性を指摘した。一方、坂本氏は「古典的な勢力均衡は負けないための軍事力増強であり、勢力均衡には脆弱性と危険性が伴う」と指摘し、「日本の防衛では中立性が必要」と言及した。さて、この両者の論争を踏まえて、5月7日のケリー米国務長官のロシア首脳との外交交渉(プーチン大統領と2時間以上、ラブロフ外相と3時間)の成果を考察してみよう。ケリー・ラブロフ会談後の共同記者会見では、昨年6月に発表された「移行政府構想」への回帰が提示されたが、この構想では結局「勢力均衡」策をとることはできず、シリアの再建に向けて米露が「協調」することは難しいようだ。

 第1に、現在、シリアの勢力バランスは次のようなものだ。まず、反体制側はアル・ヌスラ戦線(アルカイダに関係していると指摘されている)を窓口とする外国のスンニー派戦士の増加や、バッシャール・アサド体制から離反した戦闘員の増加が見られる。一方、体制側は兵力・装備ともに反体制側を上回っている。またレバノンのシーア派勢力でイランの支援を受けているヒズボラ(神の党)から、体制を支援するためシリア領内に2000~2500人を受け入れているとされる。こうして、アサド体制が有利な状況であるが、戦闘は依然長期化する方向にある。このため、アサド体制を維持したままでの解決も、アサドの退任を前提にした解決も、どちらも情勢を動かすことが難しくなっている。また、仮に装備の面で勢力均衡をはかるために、カタール、サウジアラビアに加え、欧米が反体制勢力に武器支援を行うとなると、平和を導き出す会議の開催どころか、一般市民の死傷者や難民がさらに増加することになると考えられる。

 第2に、「移行政府構想」自体の実現性を検討してみよう。この構想は、国連・アラブ連合のシリア担当合同特別代表ブラヒミ氏が仲介して、昨年6月に米露他の常任理事国とシリア周辺国、国連、アラブ連盟、EU連合が合意したものであるが、同特別代表は、今回の米露会談について「希望が持てるニュースだ」と歓迎している。この「移行政府構想」合意の概略のプロセスは、(1)バッシャール・アサド大統領がその職に留まりながらも、シャラ副大統領の下で反対勢力との協議によって移行体制をつくり、(2)それをもってアサド氏が一時退任したあと、(3)新体制を決める選挙を実施するが、同選挙にアサド氏が立候補することは妨げない、というものであった。

 また、バッシャール・アサド氏および政権関係者の内戦の責任は問われないとされた。同合意がつくられた時点では「シリアへの内政干渉をやめて、その国の政治指導者は国民の決定に委ねるべき」とのロシアや中国の意見を尊重し、少なくともシリアの一般市民の犠牲者の増加を抑えようとの考えが共有されていた。しかし、現実にはバッシャール・アサド氏と反体制勢力との意見調整はできず、政治プロセスは絵に描いた餅となっている。(つづく)
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