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2013-04-22 10:44

サッチャーが問い掛ける指導者像

鍋嶋 敬三  評論家
 「戦後最も影響力のある世界的指導者の一人」(Wall Street Journal 紙)と評価される英国のマーガレット・サッチャー元首相が4月8日、87歳で世を去った。首相在任11年間(1979―1990)という20世紀英国での最長不倒記録を作った保守党の政治家は、サッチャリズムといわれる新自由主義に基づく改革断行によって「英国病」を克服し、東西冷戦を終結に導いて、世界での英国の地位を高めた。他方、国営企業の民営化で労働組合と激しく対立、政敵も多く作った。葬儀はチャーチル以来の傑出した政治家としてエリザベス女王も参列する国葬並みに執り行われたが、厳しい批判が止むことはなかった。英国を二分したサッチャー氏についてWashington Post 紙は「いかなる意味においても指導者であったという主張に議論の余地はない」と毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい故人を悼んだ。サッチャー氏の死去は「リーダーとは何か」という問題を問い掛けている。

 英国病が蔓延する中でサッチャー氏は、英国がそのやり方と方向を変えない限り、英国の誇った偉大さは「歴史書の脚注の一つになってしまうだろう」と没落の危機を訴えた。規制緩和、税制改革などを不抜の決断力で実行し、保守党を現状維持の党から改革の党へ生まれ変わらせた。国家としての誇りも回復したが、国論の分極化も招いた。サッチャー氏の真骨頂は困難に直面しても揺るがぬ意思の強さにあった。政治危機の際に周辺が妥協を進言した時、「私は合意(コンセンサス)の政治家ではない。信念の政治家だ」と一蹴したエピソードも伝えられる。冷戦の最中、ソ連に対し厳しい姿勢を取り、ソ連が「鉄の女」(The Iron Lady)のあだ名を奉ったほどである。そうした中でも、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長については「ともに仕事がやっていける」と高く評価した。英国のEconomist 誌は「チャーチル以降初めてすべての大国の指導者が真剣に向き合った英国の政治家」と評価した。そのゴルバチョフ氏自身が「サッチャー氏は説得力ある政治家であり、われわれは相互理解を首尾よく成し遂げ、これが冷戦の終結に貢献した」と哀悼の辞を寄せたのは、サッチャー氏が果たした世界史的な役割を物語っている。

 米国の政治学者ナイJr.ハーバード大学教授はその指導者論(The Powers to Lead)の中で、指導者の持つカリスマについて「人を引きつけ、忠誠心を起こさせる特別な力」と定義し、歴史上の最善の例としてインドのガンジー、最悪の例としてヒトラーをあげた。中国では、善悪は別として毛沢東であろう。カリスマ性を信じない傾向のある英国でまれな例として、ブレア元首相(労働党)をカリスマ的として取り上げたが、サッチャー氏にそのような評価は与えていない。日本では郵政民営化を断行した小泉純一郎元首相をメディアを駆使して大衆に直接訴えた手法を紹介して、カリスマ的指導者の例に挙げたが、その後日本の政治は伝統的な派閥間の舞台裏取り引きに逆戻りしたと指摘した。ナイ教授が書いてから5年後の今日も状況は変わっていない。

 反対派の抵抗を伴う改革を常に推進するのでなければ、かつての英国のように、国は衰退の道をたどる。日本の指導者に必要な要件は何だろうか。第1に「夢」がなければならない。日本をどのような国にしようとするのか、明瞭な目標を設定することである。第2に国民を引きつける魅力が欠かせない。人間的な魅力があって初めて人々は集まり、国の運命を任せてもよいと思う。魅力の源泉は意思の強さと説得力である。第3に政治的パワーを結集する能力である。ソーシャルメディアを含めた動員力、堅固な信念に基づいた統率力が必要である。世界がその発言に耳を傾け、一目置くような日本のリーダーはいつ現れるのか。国民自身の課題でもある。
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