国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2013-03-31 22:32

(連載)イラク戦争10周年とそれがアメリカ外交に及ぼした影響(3)

河村 洋  外交評論家
 何はともあれサダム・フセインは政権の座を追われ、イラクの核の脅威は取り除かれた。「アラブの春」に鑑みて中東の民主化について述べたい。ブッシュ政権の帝国主義的な政策には、特にリベラルな市民社会の間で厳しい批判の声が挙がっているが、イラク戦争を契機に国際社会は本格的に中東の民主化を論ずるようになった。英国王立国際問題研究所のナディム・シェハディ準研究員は「メディアには、ブッシュ政権が残したものを否定するオバマ政権の政策的な方向性のバイアスがかかっているが、中東でのアメリカのソフト・パワーは保守的な王政や警察国家と同盟関係にあった時期よりも強まっている」と指摘する。サダム体制の崩壊により、アラブの若者の間では、アメリカと民主主義の価値観を共有し、アメリカン・ポップ・カルチャーを楽しむ者が増えている。是非とも留意すべき点は、イラクを宗派抗争とテロ攻撃から救済するために行なわれた2007年の兵員増派に民主党が反対していた。現在では増派が有効だったことがわかっている。シェハディ氏が主張するように、ブッシュ政権の介入政策は再評価されるようになるだろう。

 イラク戦争を契機とした中東の民主化を語る際に、「アラブの春」の前年に当たる2009年にイランで起きたグリーン運動を思い出す必要がある。イランの市民達はアメリカに自分達の自由への希求を支持するように訴えたが、オバマ氏はそうした要求を拒絶した。ジョン・マケイン上院議員は「そうした非関与政策が自由を求めるイランの市民達失望させた」と批判した。しかし民主化への希求は高まっている。サウジアラビアでさえ市民達は社会経済的な不平等を意識するようになり、政治的な改革を要求するようになっている。この国の富の蓄積と宗教保守的な気運をもってしても自由への情熱から逃れることはできない。

 米軍による長く絶え間ない関与によってイラクで上記のような成果が挙がったが、オバマ政権は宗派対立が政治の進展を遅らせ、シーア派地域でイランの影響力が増大する現状を横目に、米軍撤退を決断した。『ワシントン・ポスト』紙コラムニストのチャールズ・クローサマー氏は「オバマ政権は、超大国の役割を果たすことに消極的なために、民主化のショー・ウィンドーとなり、イランとテロの脅威に立ち向かうパートナーになるべきであった中核的な同盟国を失った」と論評している。それによってブッシュ政権が多大な犠牲を払って得た成果が無駄になってしまうという。

 イラクが投げかける問題は、地域レベルにとどまらず世界的なものである。ジョン・ボルトン氏が『ガーディアン』紙への投稿の最後の箇所で「オバマ氏が現在関わっている政策と予算論争で持論を押し通すなら、アメリカは世界各地から兵力を撤退して、軍事力を削減してゆくことになるだろう。これはまさに2003年のイラク戦争に反対した者達が長年の宿願だと訴えてきたことである。このような政策が実現してしまえば、その結末に不満の声を挙げるのは、彼ら自身だろう。今、もうすでにそうした不満の声を聞く羽目になった」と述べている。その指摘をもって、この投稿の結論としたい。(おわり)
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム