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2013-03-06 06:58

日ロ首脳会談で「領土」の大幅進展は困難

杉浦 正章  政治評論家
 メドベージェフの対日強硬路線と打って変わったロシア大統領・プーチンの“秋波”である。その意味するものは何か。プーチンは昨年3月に北方領土問題で「引き分け」発言をしたかと思うと、先月の元首相・森喜朗との会談では、平和条約に言及して、締結されないことの「異常性」を強調した。あたかも領土で譲歩するかのような“そぶり”を見せている。こうした中で首相・安倍晋三は、3月5日の国会で、10年ぶりの訪ロを正式表明した。春の連休にも実現しそうだ。しかし4島返還要求を政府が変える方向にはなく、プーチンも妥協することは難しい。唯一合意しうる部分が両国経済関係の発展である。安倍もアベノミクスにはプラスに作用するし、プーチンも切実な国内経済状況を抱える。

 森は、昨年のプーチンによる「引き分け」発言を前向きの妥協論と捉えていたフシがある。だからさる1月に、択捉を除いた歯舞、色丹、国後の3島返還論に言及したのだろう。しかし先月の訪ロの際、プーチン発言の真意をただすと、プーチンは「引き分け発言は、勝ち負けなしで双方が受け入れ可能な解決策だ」と説明するにとどまった。この発言が意味するところは、プーチンが依然歯舞、色丹2島の引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言を、領土交渉における原点としていることが分かる。日本側には麻生太郎の主張した面積での2分割論や、4島の日本帰属を確認した上での2島返還論など様々な妥協論がある。自民党内の、北方領土と平和条約の切り離し論なども、しびれを切らした結果の発言だろう。しかし、ロシア側には2島返還以上に踏み出す意図はないというのが大筋の見方だ。

 会談でプーチンは、森にA4サイズの紙に、柔道場の端で組み合っている人物を矢印で真ん中に移す図を書いて渡した。場外に出そうなところを「待て」といって、中央に引き戻そうということだ。さらにプーチンは「日ロ両国が平和条約をいまだに締結していないのは異常な事態だ」とも強調した。その姿勢からは、首脳会談をまず先行させて、交流の輪を拡大したいという思惑がある。背景にはアメリカのシェールガスのヨーロッパ進出で、LNGなどの販売が落ち込み、ロシア経済が深刻な打撃を受けていることがあるようだ。加えて、日本の経済力と技術でシベリア開発を前進させたい狙いもある。プーチンは10年前の首相・小泉純一郎との会談の結果、日ソ間の貿易量が4倍増と飛躍的に拡大したことを覚えており、そのケースを踏襲したい気持ちがあるに違いない。さらに重要な点は、外交・安保面での問題だ。中ロ関係は良好な状態にあり、中国の躍進は現在のところ海洋進出へと向かっている。しかし、長い国境を接しており、警戒を怠るわけにはいかない。また北朝鮮のミサイル実験と核小型化の成功は、ロシアにとっても大きな懸念材料である。安倍との首脳会談は両国へのけん制包囲網作りとな得るのだ。

 一方、安倍にとっても、東南アジア歴訪で対中けん制の動きに出たのに加えて、訪米で日米安保体制を再構築した。訪ロすれば、対中、対北けん制の意味合いが濃厚なものになる。最大の利点は、日ロ経済の活性化がアベノミクスにプラスに作用することだ。このような事情が双方にあって、4月か5月の連休中にも訪ロして日ロ首脳会談に臨む意向を固めたのであろう。ただ、北方領土問題で安倍が4島返還を譲歩する選択肢はまずないとみられる。国内世論上も、4島返還で譲歩の空気は大勢となっていない。そこで先例になるのが小泉訪ロだ。小泉はプーチンとの間で日ロ関係全体を包括的に発展させる「行動計画」をつくり、経済的な結びつきを強める方針を選択した。領土問題は事実上の先送りとなったのだ。安倍も領土問題では主張すべきは主張する立場を堅持しつつも、経済関係の結びつき強化を図ることに主眼を置く方向だろう。隣国首脳との対話が10年もなかったことは異常であり、北方領土問題は首脳会談を積み重ねる過程で、糸口を見出してゆくしかあるまい。森はプーチンに領土問題で1年以内に議論しての決着を申し入れたというが、一つの方向であろう。
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