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2012-12-10 10:46

(連載)安倍さんの「無制限の金融緩和策」を検討する(3)

中岡 望  国際基督教大学非常勤講師
 さらに問題なのは、国債発行で調達した資金を空からばらまくように「通貨をジャブジャブ供給」することはできない。調達した資金は、どこかで使わなければならない。そこで出てくるのが、お定まりの公共事業促進である。それが本当にリフレ効果を発揮するのかどうか疑問であるだけでなく、長期的に高いコストを国民は払わなければならなるかもしれない。公共事業の功罪に関しては、この20年、随分議論したはずである。さらに、“無制限”の長期国債の買い取りは、インフレ率だけを高め、成長に結びつかないという最悪の事態も想定される。そうなれば、財政破綻に拍車がかかり、当初の狙いとはまったく違った結果をもたらすかもしれない。

 では、何もしなくても良いのかという疑問が提起されよう。現在の物価動向をどう評価するかが、まず問われなければならない。日本銀行の『金融経済月報』(11月号)では、物価動向を「物価の先行きについてみると、国内企業物価は、当面、横ばい圏内で推移するとみられる。消費者物価の前年比は、当面、ゼロ%近傍で推移するとみられる」と指摘している。現在、物価情勢は決して“悪性デフレ”の状況にあるわけではない。“デフレ・スパイラル”で日本経済が底なしの沼に引きづり込まれるほど差し迫った状況があるわけではない。デフレの原因を明確に理解しながら、着実な政策を取っていくことが必要である。それは金融政策だけでは、無理なのである。デフレは基本的には需要不足から発生している。現在、日本経済は大きなGDPギャップ(潜在供給力と需要の差)を抱えている。その不均衡はどこに現われるかというと、輸出増加か、物価下落である。もともと日本経済は輸出でギャップを埋めてきた。だが、現在の日本は膨大な輸出を計上するほど強いわけではない。さらに円高が加われば、2重の負担がかかる。ひとつは輸出競争力の低下であり、もうひとつは輸入物価の下落である。当然、それはデフレ圧力となる。サプライサイドの問題ではない。設備投資を拡大すれば、GDPギャップはさらに拡大するかもしれない。

 とすれば、GDPギャップを解消するには、GDPの60%以上を越える個人消費が増えるしかない。個人消費が動かない限り、本格的な景気回復とデフレ脱却はありえない。だが、政治と財政は個人消費を抑制する方向に動いている。ゼロ金利、量的緩和という“非伝統的”金融政策に個人消費を刺激する効果は期待できない。なぜ消費者が消費しないのかを考えるべきである。最近の経済学者はサプライサイドに偏った分析をしがちである。すなわち、「投資を促進すれば、経済は成長する」という考え方である。すなわちサプライサイドの経済学は古典派の「セーの法則(供給が需要を作り出す)」に依拠したもので、この法則は長期理論であり、景気政策論に無批判に適用するのは間違いであろう。ましてや、デフレ政策としては使えない議論である。百歩譲って、投資が成長の決定的な要因であると認めたとしても、期待収益率が長期金利を上回らない限り、企業は設備投資をしないだろう。企業は更新投資や合理化投資を、償却内で行うが、生産能力拡大投資はしないだろう。なぜなら、生産拡大投資をするには、期待収益率が高まらなければならない。期待収益率を決めるのは消費動向である。実体経済が必要とする以上の通貨供給は投機的バブル、あるいはハイパーインフレを引き起こすことは歴史が明確に示している。問題は、全ての政策の責任を金融政策に負わせ、自らの果たすべき役割を果たしていない財政と政治にあると言っても過言ではない。

 最後に中央銀行の独立性に関していえば、政治家は常に選挙で勝つことを最優先している。そのために政治的コストの掛からない金融政策を使おうとする傾向が強い。中央銀行は独自の立場に立って金融政策を運営すべきである。もちろん、政府と常に対立する必要はない。共通の目的(完全雇用達成)に向けて協力すべきところは協力すべきである。ただ、政党の利害とはあくまで一線を画すべきであろう。最後にひとつ付け加えるなら、金融経済を研究したことのある者なら、「金融政策の効果が発揮されるまでの時間は不安定で、ばらつきがあり、その効果は長期に累積的に及ぶ」ということを知っているはずである。安倍総裁は「インフレ目標を達成したら、通貨供給を止めればいい」という趣旨の発言をしていたと記憶する。しかし、その時にブレーキを掛けても遅いのである。かつて「インフレこそは国民の最大の敵(Public enemy No.1)」と言われていた。インフレを抑制することが、デフレ克服と同様に容易な仕事ではないのである。金融政策は場合によっては“劇薬”になることも認識しておく必要があるだろう。生半可な知識は国を誤らせることになるだろう。(おわり)
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