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2012-12-08 11:30

(連載)安倍さんの「無制限の金融緩和策」を検討する(1)

中岡 望  国際基督教大学非常勤講師
 金融政策を巡って民主党と自民党の論争が続いている。白川方明日銀総裁も、自民党の超積極的金融緩和論に反論を試みている。この論争の何が問題なのであろうか。安倍晋三自民党総裁の金融政策論の妥当性を検討してみることにする。自民党の選挙公約「経済を取り戻す」に掲げられている経済政策は、2003年3月に行われた現代経済研究グループの「日本経済復活への提言」とウリ二つであることに気がつく。同提案では「(デフレ脱却のためには)マネタリーベースの適切な形での供給増加が不可欠である」として、「非伝統的な(金融)手段を用いて2年程度の期間の物価水準の上昇(たとえば3%)と、その後のインフレ目標(たとえば2%プラス・マイナス1%)をただちに設定すべきである」と書かれている。自民党の公約も「明確な物価目標(2%)を設定し、名目3%以上の経済成長率を達成する」としている。自民党の金融政策の提案の背後には、同じような考え方の経済学者がいるのであろうか。いずえにせよ、安倍晋三自民党総裁は、こうした考え方を背景に、日本銀行に債券買い取りなどの無制限の金融緩和策の発動を求めている。その妥当性を、以下で検討してみる。

 最近、あるシンポジュームに参加したが、そこで一部の経済学者は「景気回復のためにはジャブジャブ通貨を供給すればいい」と主張していた。政治家だけでなく、いわゆるリフレ派の経済学者は、「日本銀行の政策は慎重過ぎる」と批判し、“インフレ目標政策”の導入を主張している。では、彼らの主張は正しいのだろうか。こうした議論には、金融政策のプロセスに対する理解の欠如があるように思える。「ジャブジャブ通貨を供給する」ことは簡単にはできないのである。まず、「通貨供給」とは、「マネーサプライ供給」を意味する。日本銀行はゼロ金利政策と量的緩和政策を取っているが、それはマネタリーベース(日銀当座預金残高と現金)を増やすものであって、直接マネーサプライの供給量を増やすものではない。通常、マネタリーベースが増えれば、信用乗数が働き、マネーサプライが増える。それは過剰準備を抱えた銀行が貸出しを増やすからだ。銀行は、預金額の一定額を日銀の当座預金に預けなければならない。これを「必要準備」という。日本銀行がゼロ金利あるいは量的緩和で目指している政策は、過剰準備を作り出すことである。準備には金利が付かないため、銀行にとって過剰準備を持っていることは、資金運用に伴う収益機会を失うことになる。そのため、貸出しを増やす行動を取ると考えられる。この貸出増が、マネーサプライの供給になるのである。理論的に言えば、マネタリーベースとマネーサプライの間に一定の関係が存在すると考えられている。それは「信用乗数」と呼ばれる。

 しかし、現在、そうした信用乗数が働いていないのである。日本銀行が懸命に公開市場操作を通してマネタリーベースを増やしても、マネーサプライは思ったように増えない。白川日銀総裁は、「(日銀の量的緩和政策にもかかわらず)、信用乗数理論に基づくマネタリスト的なチャネルは観察されなかった」と自著『現代の金融政策』の中で指摘している。また、「マイナス金利論」も、安倍総裁は主張しているが、仕組みは同様である。過剰準備を持つと、その分に“マイナスの金利”が掛かることになる。すなわち、銀行は中央銀行の金利を支払わなければならない。とすれば、収益機会の喪失どころか、過剰準備を持つことで、コストが掛かることになり、ダブルの負担を強いられる。とすれば、銀行は否が応でも貸出しを増やすなどの行動を取らざるを得なくなる。それがマネーサプライを増やすことになる。というのが、その主張である。もし、マイナスの金利が課せられるのであれば、銀行は最初から中央銀行のオペレーションに応じることはないだろう。業界用語で言えば、銀行の募集額が中央銀行の買いオペ額に達しないという事態が起こるはずである。要するに、中央銀行は過剰準備を作り出すことができないだろう。持っていれば、利払いなどが期待できる債券を売却して、金利を払わなければならない過剰準備を受け入れる合理性は存在しない。

 短期国債を使って公開市場操作ができなくなると、次に長期国債を使った操作が行われるようになる。銀行が保有する長期国債を購入することで、マネタリーベースを増やし、過剰準備を作り出すことである。これは同時に長期金利を引き下げる効果も期待できる。日本銀行が行っている操作は、短期国債の売りオペと長期国債の買いオペである。このことを“ツィスト・オペレーション”という。そのことによって、市場は日本銀行がゼロ金利政策を長期的に継続させるという予想を形成し、それが景気刺激に結びくという論理である。(つづく)
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