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2012-09-23 14:57

問われる米国の拡大抑止

杉山 敏夫  団体職員
 拡大抑止(extended deterrence)とは、抑止を提供する国が、他国(抑止の受益国ないし保護国など)に対する挑戦国の敵対行為を報復の脅しによって思い留まらせることである。いわずもながら、日米同盟の歴史的展開において、米国による日本への「拡大抑止の提供」は、戦後日本の安全保障政策の基盤を形作ってきたし、これが日米同盟の主要な機能の一つであることは多くの論を待たないであろう。実際、沖縄の米軍基地を含む在日米軍駐留の必要性の一部は、この抑止機能の観点から説明されてきた。さて、尖閣諸島の領有権をめぐる日中間の対立は、いまや中国海軍が同海域近くに軍艦を配備する状況に至っているが、ここで米国による日本への拡大抑止の提供は機能するのだろうか、と問うてみたい。筆者の見立ては懐疑的である。抑止理論について概観した後、その理由を示したい。そもそも抑止が成功するためには、挑戦国の脅威とその能力に対する的確な分析・見積もりが必要であり、抑止する側に十分な対抗「能力」と「意思」があり、それらが挑戦国に対して明確に「伝達」されていることが不可欠である。また、抑止は挑戦国と抑止国の双方において行動することの利益がそのためのコストやリスクを上回るという合理的な計算に基づくものである必要がある。

 以上のことを踏まえ、今日における尖閣情勢を考えるに、筆者は米国による拡大抑止について懐疑的にならざるを得ない。なぜなら第一に、抑止の信憑性が十分ではないと考えられるからである。もっとも、尖閣諸島が日米安保条約の適用範囲にあることは米政府高官らや先のパネッタ米国防長官の言説にも明示されているが、それが信憑性を持つためには「意思」を裏付ける「能力」についても、中国に対して具体的に「伝達」されている必要があろう。この点、昨今における在日米軍基地問題やオスプレイ配備をめぐる混迷などはネガティブな要素となった。さらに、有事を想定した戦略や作戦レベルの具体性も乏しい。米側は独自に「作戦計画」を立案しているかもしれないが、それをどこまでわが国と共有し、共同の作戦として日米が訓練、準備できているかはわからない。本稿を執筆している最中、米海兵隊と陸上自衛隊によるグアムでの共同訓練が報じられた。筆者は本訓練の実施とそれを報じたことを積極的に評価したい。

 第二に、米国の対中抑止戦略は、米国内の事情等によって、遂行半ばにして見直しを迫られているのではないか、と考えられることである。周知のように、米国は近年、中国によるA2/AD戦略への対抗として、エアシーバトル構想を提示しているが、米国内は現在、厳しい財政状況下にあり、軍備費の大幅な削減を迫られている状況である。米国にとって中国のみが問題ならば事態はもう少し楽観的に考えられるかもしれないが、中東情勢が未だに安定していない現状に鑑みれば、米国の世界戦略は今もなお2正面、3正面を抱えていることになる。そうした中、米国はアジア・太平洋地域への対応にどれだけのコストをかけることができるのだろうか。換言すれば、米国がわが国に拡大抑止を提供し続けることの利益は、そのためのコストとリスクを、どの程度上回るものなのだろうか。米国が合理的なプレーヤーだとすれば、この拡大抑止にかかる「利益」「コスト」「リスク」をどのように見積もっているのだろうか。

 最後に、拡大抑止の受益国であるわが国に対する世界的な評価が、実はわが国が望む状況には必ずしもなっていないことを指摘したい。拡大抑止の受益国に関する考察については、それほどまでに研究蓄積があるわけではないが、筆者の知る限り、拡大抑止の受益国は、タイプとしては現状維持国であることが暗黙的に想定されている。つまり、現状に対する挑戦国ではない。われわれにとっての尖閣諸島は、わが国固有の領域であることは自明であるから、現在のわが国の対応は現状を維持するための行為であると理解される。しかし、中国はもとより、世界主要国の一部のメディア等では、日本が挑戦国として描かれている点は否めない。背景には中国による広報外交があることは確かであるが、「現状に挑戦する国、日本」という見方が今以上に広まれば、米国による尖閣防衛のコストとリスクはさらに高まるだろう。
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