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2012-05-23 09:59

(連載)思った以上に深い、鳩山外交が日米同盟に残した傷(1)

河村 洋  外交評論家
 2009年の「政権交代」以来、日米両国の政策形成者達は沖縄基地問題にかかりきりになり、日米同盟の最も重要な課題がかき消されてしまった。それはオバマ政権の戦略が妥当かどうかである。春原剛氏は「鳩山由紀夫氏は自民党支配という55年体制の打倒の成功に喜び勇むあまり、沖縄をめぐる両国間の合意を見直すという自らの言動がもたらす致命的な結末を理解していなかった」と述べている。戦後の日本政治の見直しという名の下に、鳩山氏は普天間の合意を破棄して沖縄駐留の米軍を削減すべきと主張したが、この合意のためにどれほどの長い時間と労力が費やされたかということには考慮を払わなかった。後に鳩山氏は「学べば学ぶほど抑止力の意味がわかった」と述べて、沖縄の戦略的重要性を認めている。しかし、覆水盆に返らずである。日本はアメリカの信頼を回復するためにも、この傷を癒す必要がある。

 現在の日本政府は、ワシントンの外交政策に影響を及ぼし、沖縄基地と尖閣領土問題を超えて、地域あるいはグローバルな安全保障の大局について話し合うには分が悪い立場にある。これを示す一つのエピソードに触れたい。日本の民主党が歴史的な勝利を収めてからほどなく、私は日米双方の外交官やビジネスマンらによる会合に参加する機会があった。そこでの主要議題は民主党政権下での永田町の政局についてであり、普天間も主な話題の一つであった。私はアメリカ側の参加者が「民主党新政権は日米関係を上手く処理しきれていないようだが、事の成否は全て日本側にあり、アメリカ側には何の問題もない。合意が実行に移されないなら、米軍は普天間に駐留し続けるだけだ」と発言するのを聞いて衝撃を受けた。参加者の殆どがこの見解に同意した。

 私が重視しているのは、沖縄をめぐる技術的な問題よりも、それが日米同盟に与える心理的な影響である。こうした発言は「両国間に何が起ころうとも全ては日本の責任で、アメリカには何ら悪いところはない」と言ったに等しい。すなわち、たとえアメリカの戦略が間違っていたとしても、日本はものを言える立場でなくなったということである。野田佳彦首相は、4月30日のホワイトハウス訪問で日米関係の改善に向けて動き出したかも知れないが、鳩山外交の失敗が残した傷跡は一般に思われているよりもはるかに深い。その会合での議論が永田町の政局に集中したこともあり、私がアメリカ側の懸念材料に言及しなかったことは悔やまれてならない。

 ここで、オバマ戦略の致命的な欠陥について論じてみたい。というのも、それが日本のみならず、ヨーロッパから中東、アジアの主要同盟国との関係を損ないかねないからである。そうした全世界にわたる同盟関係の基盤はアメリカの超大国としての地位である。しかし、バラク・オバマ大統領は、就任以来「超大国の自殺行為」を躊躇しないとも思われる態度を示している。プラハとカイロの演説で見られたような、これまでのアメリカ外交への謝罪姿勢は厳しい批判にさらされた。日本の政策形成者の多くが財政上の困難を抱えながらの「アジア回帰」に「感謝」の意を示しているが、この戦略の中味は空である。中東は依然としてアメリカの軍事的プレゼンスを必要としている。またきわめて皮肉なことに、「アジア回帰」が必ずしもアジア太平洋地域でのアメリカの軍事力を強化しているわけではない。オバマ戦略ではエア・シー・バトルに重点を置いているのに反し、アメリカの海空軍力は大幅に縮小されている。F35統合打撃戦闘機の開発遅延は最たる例の一つである。(つづく)
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