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2011-11-21 09:45

アジア太平洋の地政学的変動

鍋嶋 敬三  評論家
 南シナ海、東シナ海での中国の「わが物顔」の振る舞いが米国の戦略転換を促した。オバマ米大統領は11月17日オーストラリア議会での演説で「米国は太平洋国家である」と宣言、アジア太平洋での米国のプレゼンスは国家安全保障の「最優先事項」と断言した。日本の死活的利益がかかるこの地域での地政学的変動は21世紀前半の国際秩序の再構築に大きな影響を与えるだろう。11月12日の米ハワイでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)からインドネシア・バリ島での東南アジア諸国連合(ASEAN)と東アジア首脳会議(EAS)までの1週間は今後の地域情勢の方向を決定付けるものとなった。主役は米国と新興国代表の中国である。新興国が既存の国際秩序に挑み、しばしば戦争に至ることは19世紀から20世紀にかけての米国、日本、ドイツなど歴史の示すところだ。

 辛亥革命から100年。中国は米国債の最大の保有国にのし上がり、経済力をバックにその意図を明らかにしないまま軍事的膨張を続ける。大陸国家から海洋国家へと変貌を遂げる中国は東シナ海(尖閣諸島)や南シナ海で領海紛争を周辺諸国と起こし、地域に安全保障上の危惧が一気に高まった。米国のアジア太平洋への「戦略回帰」(10月24日の拙稿)は、米国の国益への挑戦を受けてオバマ大統領が決断したのである。米国、ロシアを含め18カ国に拡大したEASの首脳会議では中国の反対にもかかわらず16カ国が南シナ海問題で発言、領土保全、海洋の安全保障の重要性を宣言に明記した。安全保障の新たな枠組みへと質的な転換を遂げたことを示すものだ。貿易完全自由化を目指す環太平洋パートナーシップ(TPP)はハワイのAPECで野田佳彦首相が日本の参加を表明、これに触発される形でカナダとメキシコも手を挙げた。交渉がまとまれば経済規模で世界のGDPの40%を占める大経済圏が出現する。この2つの機構が安全保障と経済統合の両輪となって世界を動かしていく方向性が強まった。

 野田首相がTPP交渉参加に踏み切ったことは小泉純一郎首相以来絶えてなかった外交的なイニシアティブで、国際的にも高く評価された。交渉参加国は12カ国に拡大し、APEC21カ国の過半数を占める。北東アジアの日本が入ることにより文字通り「環太平洋」の組織になる意味は大きい。中国の危機感は世界経済の流れがTPPへと移り、中国が主導権を取れない舞台で新たな国際秩序作りが進むことである。ASEAN+3(日中韓)にこだわり続けた中国も、日本が推進してきたオーストラリア、ニュージーランド、インドを含めた+6も検討する姿勢に転換せざるを得なかった。日本は対米、対中の双方において外交的成果を挙げた。しかし、中国の巻き返しも当然予想される。「太平洋は波高し」である。

 米国はベトナム戦争終結以来35年ぶりのアジア回帰であり、課題は中国とどう付き合っていくかである。オバマ大統領が豪州北部のダーウィンに海兵隊を駐留させる計画を発表した。豪議会での演説で大統領は「太平洋からインド洋まであらゆる範囲の挑戦に対しより迅速に対応できる」と宣言した。南進する中国をけん制する狙いは明らかだ。大統領は演説で経済成長は民主主義(法の支配に基づく統治や人権)と結びついていることを説き、ファッシズムや共産主義の失敗の共通の原因は権力の正統性としての「人民の意思」を無視したからだと力説したのは中国への強力なメッセージにほかならない。中国を国際社会の規範の中にどのように取り込んでいくかが課題だ。資源の無い日本が単独で生きていけると考えるのは独り善がりの妄想である。国家100年の計としてTPP参加に全力投球するのが野田首相に課せられた使命である。このために二国間はもとより多国間組織を活用しての積極的な外交活動と、TPP参加によって国家と国民全体が受ける利益を含めて国民への真摯な説明を急がねばならない。
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