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2011-03-30 07:40

「原子力ルネサンス」を「暗黒の中世」に逆転させてはならない

杉浦 正章  政治評論家
 与野党挙げて推進してきた「原子力ルネサンス」に冷水を浴びせたのが、今回の福島原発事故であろう。大衆迎合型政治の先端を走る習性のある民主党は、首相・菅直人が3月29日太陽光などクリーンエネルギー強化に舵を切った。明らかに統一地方選挙を意識している。メディアによって植え付けられた反原発ムードは、今後総選挙を2度は経なければ復元しないだろう。ということは、政治にとって5年間は「原発タブー」の時代が到来することを意味する。「フクシマ」以前は、地球温暖化対策と新興国の電力需要を背景に、世界中が「原子力ルネサンス」の時代を走ろうとしていた。米、独、伊など欧米諸国や、中国、インドなど新興国も、原子力政策を前面に出して推進しようとしていた。その矢先の事故である。福島の事故は、各国の原子力政策を直撃し、ドイツでは3月27日の地方選挙で「反原発」の世論を背景に環境政党が躍進した。それもそうだろう。建屋が吹き飛んだ映像はチェルノブイリの連想にすぐに結びつく。粉じん漂う中で「福島の実態は、チェルノブイリと180度違う」などと言う報道は、よほど冷静に見る記者でないと書けない。スイス紙ル・マタンの世論調査では、将来スイス国内の原発廃止を望む意見が87%に達した。2009年の調査では73%が「原発は必要」と答えていたのにである。

 一方日本では、与野党とも(共産党と社民党を除いて)原発推進と海外への売り込みを参院選挙の政策に掲げ、国を挙げての「原子力ルネサンス」であった。民主党はマニフェストで「 総理、閣僚のトップセールスで原発インフラシステムを国際的に展開」と公約。自民党も「インフラ関連産業を強力に支援し、受注競争での“競り負け”を防ぐ」。公明党 は「原子力発電の安全性を確保しつつ、稼働率を上げる」だった。「原発は危険」の予言がまぐれ当たりで当たったのは、「ルネサンス」の蚊帳の外の共産党と社民党だけあった。こうした中で、いち早く民主党は「反原発」ではなくとも、少なくとも「非原発」または「脱原発」へと向かおうとしている。菅は、3月29日の参院予算委員会で、事故を受けた今後のエネルギー政策に関して、「エネルギー全般の中でも、太陽光やバイオマス(生物資源)などのクリーンエネルギーに力を入れてきた。そういうものもあわせて、改めて議論が必要だ」と転換を表明した。

 官房長官・枝野幸男も記者会見で「クリーンエネルギーを強化していく。今回の被害を踏まえた時に、1つの柱になるのは間違いない。未来への希望を持てる政策を考えた時に、クリーンエネルギーは1つの柱になる」と述べた。もともと民主党内は社会党左派が多数残存しており、かれらは「反原発」の思想に貫かれている。事故を利用して、太陽光、バイオマス、風力、地熱などの「脱原発」になびく素地は十分にある。もちろん、それはそれで意義があることだろう。エネルギー源は多様化しておいて損はない。民主党は選挙のテーマに「原発からクリーンエネルギーへ」を打ち出すだろう。これに対して自民、公明両党が従来通りの「原発推進」で、「原発」を選挙の争点にしてしまっては勝負にならない。一挙に敗北するから、クリーンエネルギーを前面に押し出さざるを得まい。したがって、予見しうる将来において、「原発推進論」は影を潜めるだろう。政治的には原発推進論は「ルネサンス」から「暗黒の中世」へと逆戻りする。勇気を持って従来の推進論を維持する政党はあるまい。2030年までに14基の増設を掲げた「エネルギー基本計画」の見直しも余儀なくされるだろう。

 この「暗黒の中世」がどこまで続くかについては、一にかかって原発事故の制圧にある。いったん「原発推進」に向かったドイツやイタリアも、現在は躊躇(ちゅうちょ)の段階に入った。「フクシマ」の動向を世論対策上も注視せざるを得ないのだ。しかし欧米の論調には「日本の原発が、観測史上5番目という巨大地震に耐えた上に、複数回生じた水素爆発にも耐えた事に着目し、事態が収束すれば、この状況下で『原発そのものはよくやった』と言うべきだ」とする冷静な声も、出始めている。大統領・オバマも原発建設推進の方針堅持を表明した。原発大国フランスは、新規建設も、原発の輸出も継続する方針だ。また日本の論調も、読売新聞が社説で「日本は情報を各国と共有し、世界中の核専門家の協力を仰いで、迅速に事故を収拾しなければならない。それが、世界の原発推進国の信頼を保つ唯一の道」と強調。産経の社説も「事故を理由に原子力発電に背を向けてはなるまい。米国でも炉心溶融が起きた1979年のスリーマイル島事故後、原発の建設が止まってしまった。エネルギー小国・日本での、そうした事態は避けたい」と主張。両紙とも基本的には推進論を変えないだろう。

 民主党の言うクリーンエネルギーが、原子力発電を代替できるかは、コスト面でも、効率上も、現状では「無理だ」という判断が有力だ。やってみれば分かる事だ。菅も、枝野も「制御すれば、原子力発電もクリーンエネルギーである」ことを忘れている。日本の原発が生き残れるかどうかは、何としてでも事故を押さえ込み、世界にマグニチュード9の天災を克服した姿を見せるしかない。事故の象徴である福島原発は廃炉にして、跡地は公園にでもして、モニュメントと資料館でもつくるしかない。しかし、原子力発電は、日本の繁栄と地球温暖化対策に不可欠な国策でもある。「想定外」を「想定」した超堅固な原発を作り出すしかあるまい。現在稼働中の原発にも、電源の2重3重の確保や巨大防波堤の建設などやるべきことは多い。「フクシマ」を押さえ込むことは、日本を「超原発先進国」へと発展させる道だ。「暗黒の中世」を短縮できるかどうかも、この一点にかかっている。スリーマイル島やチェルノブイリでの事故後に、世界で吹き荒れた激しい反原発の逆風になるかどうかも、日本次第である。
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