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2010-10-12 07:29

修正されない菅外交の構造的欠陥

杉浦 正章  政治評論家
 官民各種交流再開のめどが付き始め、日中関係は総じて関係正常化の道に戻りつつあるようにみえる。しかし、尖閣事件を総括すれば、その残した傷跡は日本側にとって、計り知れないほど深く、民主党政権で治癒可能か疑問符が付く。中国側にもダメージはあるが、日本のダメージと比較すれば、7対3で中国側の方が小さいと感じる。とりわけ看過しがたい問題は、首相・菅直人の外交の欺瞞体質が明らかになったことと、日中首脳会談で尖閣問題の主張を両論併記にしてしまい、事実上「領土問題」の存在を認めてしまったことだ。外務官僚無視の菅外交の構造的・致命的欠陥の浮上である。尖閣事件で政権批判が薄れるにしたがって、「大人の対応」論が幅を利かせ始めた。「船長釈放は大人の対応だった」(最高顧問・渡部恒三)というのである。しかし事件発生以来の“歴史”を歪曲してはいけない。レア・アースの輸出制限、民間人拘束など、次々に繰り出す中国側の対抗措置に慌てふためいたのは、首相・菅直人、官房長官・仙谷由人の官邸首脳そのものであった。

 ニューヨークでイラ菅ぶりが頂点に達し、それが伝わるやいなや拘留期限を残したまま釈放したのである。完全に中国ペースに乗って、「大人の対応」どころか、「外交小学生」の稚拙な対応であった。それも自らの政治判断を一地方の検事の判断に押しつける、という欺瞞体質の露呈である。その後仙石主導による日中首脳会談実現は、「右の頬を打たれたら、左の頬も出せ」の趣だった。日本は被害者であり、何も焦って首脳会談を「して頂く」立場ではない。廊下で菅が温家宝に追いすがる形で実現させるほど、卑屈にならなければならなかったことではない。会談内容も、いかにも政治家による根回し臭がふんぷんとしている。その証拠が両論併記型の手打ちだ。菅が「我が国固有の領土で、領土問題は存在しない」と主張。温家宝が「中国固有の領土」と主張して、併記の形にしてしまったのだ。過去にも同類の例がないわけではないが、今回の場合は事件発生に伴う最悪の状況下であり、両論併記は中国側の尖閣問題の「領土問題化」の思惑に、ずぶずぶとはまってしまったことになる。中国はこの会談で明らかに尖閣問題での地歩を一歩どころか数歩も占めたことになる。まさに国会対策のような妥協であり、外務省専門家の意見が反映されたとはとても思えない。

 「中国異質論」も芽生えた。幹事長・岡田克也は「中国が世界に政治体制の違うことを示してしまった。中国側にダメージだ」と述べている。確かにレア・アース輸出規制や邦人拘束などの対抗措置が共産党一党独裁国家のイメージを強めて、世界的に警戒感が生じてはいる。それが中国軟化の一因になったことは間違いない。しかし、異質だからと言って高度成長を続ける中国に投資を控える先進国はない。日本が躊躇すれば、その間隙(かんげき)を欧米が埋めるだけだろう。したたかな中国首脳が「中国異質論」など鼻先でせせら笑っている姿が目に浮かぶ。日本側のアドバンテージとして、米国務長官・クリントンが「尖閣列島には日米安保条約第5条が適用される」と述べたことに快哉(かいさい)を叫ぶ声が生じた。戦後最大の外交的敗北の中で、せめてもの慰めと受け止めたい気持ちは分かるが、その後の米側の説明を冷静に分析すれば、領有権問題には踏み込んでいない。領有権が変われば、安保条約は適用されないのであり、あくまで日本が実効支配を続けることが前提となる。

 中国の平和運動家・劉暁波にノーベル平和賞が授与されたときも、この異質論を際立たせる絶好のチャンスであったが、菅の対応にはあきれ果てた。「ノーベル賞委員会がそう評価し、メッセージを込めて賞を出した。しっかりと受け止めたい」と述べたのだ。しっかり受け止めるべきなのは、中国側ではないのか。何で日本の首相が「しっかり受け止め」なければならないのか。このとんちんかんさは、まるで鳩山由紀夫と変わらない。オバマ米大統領が、平和賞授与決定を歓迎する声明を出し、「劉氏は信念のために自由を犠牲にしてきた」と称賛、中国政府に対し同氏の早期釈放を求めたのとは、好対照であった。主張すべき時には主張する。これが対中外交の要諦だ。

 こう見てくると、重要局面で「政治主導」がたたってか、職業外交官の意見が全く反映されていないことが鮮明となってくる。これは現在の日本外交の構造的かつ致命的欠陥であると思う。外務官僚は「政治主導」を良いことに、不作為の作為に走り、政治家は官僚の進言を無視する。日中防衛相会談の設定が中国側に伝わっていなかった問題も、「指示待ち」の不作為の作為の好例だ。新外相・前原誠司は少しはこのポイントを理解しているかと期待していたが、日本外国特派員協会では「言うことを聞かない役人は、人事も含めた毅然(きぜん)とした対応をとる」と述べたという。この粗暴さでは、溝は埋まらない。外務官僚は萎縮して、自ら行動に出ようとしないだろう。このままでは当分日本外交は「民主党素人外交」が幅を利かせ、普天間、尖閣に続く第3の陥穽に落ちるだろう。繰り返し予言しておく。
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