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2010-07-14 10:57

(連載)アメリカ最大の聖域:最高裁判所の実態(2)

中岡 望  ジャーナリスト、国際基督教大非常勤講師
 上院では野党が与党の影響力のある最高裁判事の承認に抵抗するのが普通だが、それだけ最高裁判事の持つ影響力が大きいからである。上院が承認を拒否した候補者は12名である。たとえば1987年にレーガン大統領が指名した保守派で知られたロバート・ボーク・イエール大学教授は野党の民主党の反対で承認が拒否されている。最高裁の権力の源泉は、最高裁が持つ憲法解釈の権限にある。1803年のマーベリ対マディスン裁判で憲法の最終的な解釈の権限は最高裁にあり、議会も、政府も、州も、憲法解釈では最高裁の判断に従わなければならないとの判決が出た。日本では最高裁の違憲判決が出ても政府が判決を無視するケースが多いが、アメリカでは最高裁の判決は絶対である。

 最高裁の判決が政治を先取りしてアメリカ社会を大きく変えた例は、幾つかある。1954年のブラウン対教育委員会裁判は人種差別撤廃の流れを作った。1963年のニューヨークタイムズ対サリバン裁判は公務員の名誉毀損を厳格に規定し、言論の自由を保障し、その後の報道のあり方に大きな影響を与えた。1973年のロー対ウエイド裁判では初めて女性の中絶権を認め、アメリカ社会に大きな影響を与えた。中絶問題は現在でも大きな政治問題で、共和党や保守派は同判決を覆す運動を続けている。上院での最高裁判事承認にあたっては、この裁判に対する当人の見解が、賛否のリトマス試験紙となっている。

 特にアール・ウォーレンが最高裁主席判事を務めた1953年から1969年の期間は“ウォーレン裁判”と呼ばれ、最高裁は相次いでリベラルな判決を下している。この時代はリベラルの時代といわれるが、そうした流れを作ったのは最高裁の一連の判決であった。政治が時代の後を追っかけていたのに対して、最高裁は時代をリードしたのである。

 最高裁の判決が政治に大きな影響を与えた例は、他にも数多くある。ルーズベルト大統領のニューディール政策のうち12法案について、最高裁は違憲判決を下している。同政権が成立したとき、最高裁判事は共和党大統領によって指名された判事が多数を占めていた。最高裁が違憲判決を下した政策の中にはニューディール政策の柱でもあった「農業調整法案」が含まれている。最高裁判決の理由は、農民救済は州の権限であり、連邦政府の関与は州政府の権限を侵すというものであった。さらに企業の過当競争や過剰生産を調整することを目的とする全国復興局の設置も、政府の市場介入を理由に違憲判決が下されている。こうした共和党寄りの最高裁に対して、ルーズベルト大統領は選挙での圧倒的勝利を背景に熾烈な権力抗争を展開している。ルーズベルト大統領は、最高裁判事の数を増やそうとしたり、民主党寄りの判事を指名するなどしている。ちなみに同大統領は就任中に8名の判事を指名している。(つづく)
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