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2010-06-23 00:31

内戦の傷跡から再建途上のクロアチア

小沢 一彦  桜美林大学教授
 ヨーロッパ視察の旅の続きである。モンテネグロのポドゴリツァから国際バスにて城壁都市コトルに到着。そこから国際バスで国境を越えてクロアチア(「山の民」が語源で、フルヴァツカと現地語では呼ぶ)に入った。「アドリア海の真珠」と呼ばれる、8世紀ごろから栄え始めたドブロヴニクである。今回は、的外れになるかも知れないが、ハーバード大学の「白熱教室」のマイケル・サンデル教授の「共同体への連帯感の回復」という議論を援用しながら、旧ユーゴ内戦について考えてみたい。まずは、モンテネグロの首都ポドゴリツァから城壁都市コトルに移動したが、ここは東西貿易で栄えたアドリア海のボカ・コトルスの入り江に位置し、教会のある高台まで急坂の砦が続いていた。価値の交換によって蓄えた巨万の富を海賊や敵国から守り抜いた先人たちの苦労が伝わってくるようであった。

 コトルからは、国際バスで国境を越えてクロアチアに入り、アドリア海の絶壁沿いに北に80キロほど進んで、世界遺産ドブロヴニクに入った。高台から見た街は、頑丈な城壁に守られ、オレンジ色の屋根が青い空と海に輝いていた。マルコ・ポーロはこのダルマチア地方で誕生したらしい。ダルメシアン犬同様、クロアチア人の自慢だ。現在は、ウミツバメが舞い、平和そのもののこの城壁都市も、「内戦の1990年代」には、ユーゴ連邦軍の攻撃を受け、ドブロヴニクも、ザダルも、クロアチアの沿岸都市は燃え上がった。現在はかなり修復されているが、砲撃された痕跡はいたるところに残っていた。さて、先のサンデル教授の議論には、同じく大国に弄ばれたチェコのヴァーツラフ・ハヴェルのいう「多文化主義、多極化主義の受容」についての問題も含まれる。「共同体」として「他者」を包摂するのか、排除するのか、または「仲間間の正義」と「普遍的正義」とは両立するのか、といった古来からの大問題である。

 私も内戦時に、その愛国主義高揚のコマーシャルを見たことがあるが、クロアチアでは内戦中に、セルビア同様、激しい「民族浄化」を行っている。そして、「クロアチア純血主義」をテレビやインターネットなどのメディアで、繰り返し宣伝し、煽りたて、若者を「他者」への憎悪に駆り立てていた。クロアチア人だけが、同じ共同体の「われわれ」で、セルビア人やボスニヤック人、アルバニア人、ロマなどは「他者」「劣等民族」だというのだ。「平和共存」とは口先では言えるが、実際に現地で感じたことは、「他者」を家族同様に本当に「受け入れる」日が来るのには、まだかなり長い時間がかかりそうだということだ。この愛国主義は、当時旧ユーゴスラビアから分裂した6カ国全てが、大なり小なり実行していた政策である。したがって「再建の2000年代」の今になっても、その傷痕はなお癒えずに、残っている。奥が深い問題なのである。

 家族や親族を亡くした人も多い中で、こうした非常に敏感な問題の真相について、クロアチア人やセルビア人ほかにもインタビューすることは、控えざるを得なかった。国連軍やNATO軍などが駐留しているから「平和」に見えるだけで、バルカン半島全体には、まだどこか目に見えない緊張感が漂い、「第3者」の撤退後に、「コソボ独立体」を含む地域が、今後一体どのようになるのか、まったく予断を許さない状況である。クロアチアは、ボスニア・ヘルツェゴヴィナを取り囲むようなブーメラン型の領土を持つため、ドブロヴニクより内陸部の首都ザグレブへは、クロアチア航空で移動した。ディナール・アルプスを眼下に見ながら、右旋回で人口120万人のザグレブに着陸した。高低差のある街全体が、ゴシックやバロック、ネオゴシック様式などの陳列場のような美しい首都である。見どころとしては、聖母被昇天大聖堂、聖マルコ教会、青果市場、そしてザグレブ中央駅がある。さすがにカトリックの国で、日曜礼拝は荘厳そのものであった。「民族浄化」という「負の遺産」を乗り越えて、新時代のクロアチアを築いてほしいと願わずにいれなかった。
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