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2010-06-10 02:51

旧ユーゴでの「民族浄化」の歴史

小沢 一彦  大学教授
 旧ユーゴスラビア地域での「民族浄化」(エトニェチコ・シスチェーニェ)は、第二次大戦中からすでに始まっている。ドイツ側についたクロアチアでは、ウスタシャの協力を得て、ナチスのハントシャール部隊などがセルビア人やユダヤ人、ロマなどを虐殺した。また、セルビア側もチェトニクなどの急進派武装組織が、クロアチア人や「ボスアック人」、ロマなどを虐殺している。要するに、昔から両者の仲は悪く、隙あらば復讐の機会を狙っていたとも言えよう。遡れば、カトリックのハプスブルグ帝国が、平穏に暮らしていたギリシア正教会領まで侵攻し、複雑な民族構成の上に勝手に国境を形成したことに、根本問題があるのだ。

 恐怖心もあり、自分たちの「民族共同体」は自主自立であるべきであり、「純血」であらねばならぬという強迫観念が働いていたのではないか。さらに、世界秩序形成原理の変化が、ローカル化、フラット化した世界における「コミュニティーを守りたいが故の暴力」を後押しした側面もある。セルビア人勢力は、旧ユーゴのバルカン地帯での優位を保ちたいため、1991年のスロベニアやクロアチア、1992年のボスニア・ヘルツェゴビナの分離独立の阻止に必死であった。ボスニアの独立時に、人口の約33%を占めるセルビア人が、約44%を占めるイスラーム教徒の「ボスニアック人」と、17%のクロアチア人と3年半以上にわたって凄惨な内戦を繰り広げたのである。

 1995年にはNATO(北大西洋条約機構)軍が猛爆撃を開始。米英の圧力で、ようやく「パリ和平協定」「デイトン合意」にこぎつけている。この間の死者は、20万人以上、難民・避難民は200万人以上、レイプや家屋喪失を入れると被害は計り知れない。内戦後、ボスニアは「民族」ごとに居住地区が分割され、その緩衝帯には国連軍保護軍(後にSFOR)も駐留し、これで、収まるかに見えた。しかし、クロアチアでの「サイレント・エスニック・クレンジング」も燻り、また「火薬庫」バルカン情勢も、隣接するコソボ自治州の独立問題をめぐり、またもや緊張が高まるのだ。もともとコソボはセルビアの聖地であったが、1389年の6月28日に、オスマン軍がバルカン・セルビア連合軍を撃破。そして、ここを占領したオスマン軍があえてセルビア人を追い出し、アルバニア系を入植させた経緯を持つ。

 現在でも人口200万人のうち、9割がアルバニア系住民である。スロボダン・ミロシェビッチの「大セルビア主義」に反発するアルバニア系は、「コソボ解放軍」を結成して独立運動を開始。1999年の再度のNATO軍による空爆も始まり、ついにセルビアは撤退、ミロシェビッチも退陣する。2008年にはコソボは事実上の「独立」も果たしたが、何か後味の悪い「解決」であった。その原因は、「人道的介入」の美名のもと、ロシア寄りのセルビアばかりを「悪者」として空爆を加え、その他の諸「民族」によるセルビア人の虐殺は帳消しにするという、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷や国際司法裁判所などの「普遍的な正義」の判断の偏りにあったのではないか。「勝てば官軍、負ければ賊軍」は世界共通である。
 
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