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2010-06-05 01:24

NATO空爆の傷痕が残るセルビア

小沢 一彦  桜美林大学教授
 旧ユーゴスラビア紛争を見つめ直す私の遠征も中盤になり、再びその中核都市、人口約1000万人のセルビア・ベオグラードへ、ブルガリアのソフィア駅から鉄道で向かった。その間の路線は、ちょうどバルカン半島の中心部の山岳地帯を、ニシュなどを経由しながら300キロ余りの距離を、ディーゼル車でゆっくりと北上するものである。薄茶色の切り立った断崖を見ながら進む車窓の景色は、とても平穏で風光明媚であり、旧ユーゴスラビア解体時の悲惨な内戦は、想像だにできないくらいであった。セルビアの首都ベオグラードもドナウ川とサヴァ川の交差地点に位置し、紀元前4世紀には、当時ヨーロッパに広く住んでいたケルト系により、要塞が築かれていた。ゲルマン民族に続き、カスピ海北部周辺にいたスラブ系諸族も7世紀くらいから南下し、バルカン半島へ流入している。

 12世紀にはステファン・ネマニャがセルビアを統一し、ネマンチ王朝を興す。14世紀にもコソボを中心に、中世セルビア王国などが誕生するが、戦略的要衝・重要拠点のため幾度も戦火にあい、ベオグラードにはあまり見るべきものは残っていない。コソボの戦いに敗れた後は、長らくオスマン・トルコ帝国の支配を受けている。セルビアを中心とする旧ユーゴスビアが昔から紛争の種を多く抱えているのは、(1)同じ南スラブ人でも、かつてのフランク王国やオーストリア・ハンガリー帝国、神聖ローマ帝国などの領土争いで、ばらばらに分割されていたこと、(2)宗教も、カトリックから正教会、イスラーム教など様々であること、(3)また「民族」も、南スラブ、ハンガリー、ブルガール、アルバニア、マケドニア、さらにユダヤ、ボスニア、ロマなど、多種多様であること、(4)イギリスやドイツなどの西欧の東方政策と、ロシアの南下政策の衝突する緩衝地帯であったこと、(5)十字軍に見られるように、西欧キリスト教圏とイスラーム諸国の中間地帯であったこと、などが主要因だったのではないか。

 こうした「モザイク国家」を無理やりつなぎとめたのは、クロアチア人のヨシップ・チトーのカリスマ的指導力と米ソ冷戦であった。1989年の東欧革命に呼応するかのように、1991年から92年にかけて、クロアチア、スロベニア、マケドニア、そしてボスニア・ヘルツェゴビナが独立していった。2006年には人口わずか60万人のモンテネグロまでが独立し、人口200万人のコソボの分離独立運動を刺激している。この間に、連邦の解体を食い止めようと、セルビア軍を中心に内戦が起こり、ボスニア・ヘルツェゴビナを始めとして全土で20万人以上といわれる死者を出した。

 西側メディアの影響もあって、国際世論は「大セルビア主義」を掲げていたスロボダン・ミロシェビッチを強く非難した。特に、セルビア人のコソボに対する「非人道的」攻撃に対し、ついに英米中心のNATO軍も地上戦までの覚悟をきめた上で出撃し、1999年にベオグラードの政府関係施設や軍の施設を中心にピンポイント爆撃を加えている。今でもベオグラード中央駅から数分歩いただけで、ミサイル攻撃を受けて倒壊寸前の痛々しいビル群を見ることができる。
 
 かつて英首相だったW.チャーチルが、二度の世界大戦を評した「20世紀の30年戦争」をもじって、ブッシュ・シニア時代から今日まで続いている1991年の湾岸戦争やセルビアへの介入、またイラク、アフガニスタン戦争は、アメリカによる「新世界秩序」づくりのための「20、21世紀をまたぐ30年戦争」とみなすこともできよう。セルビア人は、いまだに自分たちだけが西側から「悪者」扱いされたことを恨んでおり、不安定な政権運営の下ではありながら、経済的には貧しくとも電力とボーキサイトなどの豊富な鉱物資源には恵まれており、当面は親ロシア路線を取り続けるのではないか。
 
 
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