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2010-06-02 10:32

「民意」とは何か、それは民主主義の根拠たり得るか?

河野 勝  早稲田大学政治経済学術院教授
 最近「民意」という言葉が大流行りである。沖縄でも、徳之島でも、集会とか、署名活動を通して、普天間の代わりとなる新たな米軍基地建設に反対する「民意」が表明された、ということが報道されている。鳩山首相も「民意を重く受け止めたい」と、決まり文句のように言っている。いうまでもなく、民意に沿った政治が行われることが、民主主義の大原則である。しかし、そもそも民意とは何か。この問いに答えるのは、むずかしい。実は、この問いに対する満足な答えを、民主主義の原理や理論そのものから導くことはできない。たとえば、ある町に原子力発電所を誘致する提案がもちあがったとしよう。そして、その町では、住民投票によって、原発誘致の是非を決めることにしたとする。このプロセスは、一見民主主義的で、非の打ち所がないようにも思える。

 しかし、ここには、ひとつの前提がある。それは、その住民投票に参加できる権利をもつのが、誘致先である町の住民に限られている、という前提である。この前提そのものには、まったく民主主義的根拠がない。たしかに、その町から何百キロと離れた大都市に住む人々にも投票する権利を付与せよ、という主張を展開するのは無理かもしれない。しかし、少なくともその町に隣接する市町村の人々には、投票する権利を付与すべきではないのか。彼らも、この誘致の是非の問題に、大きな利害関係をもっていることは十分に想像できる。たとえば、もし原発事故が起こったとしたら、風向きや地形によっては、それらの市町村においても、甚大な被害が出るかもしれない。

 このような論理に対しては、「どこかで線を引かなければ、地方自治や参加型民主主義が機能するわけがないではないか」という反論が返ってくる。その通りである。しかし、そのような線引きは、実践的な配慮に基づくものであって、断じて民主主義的なものではない。もし、こうした線引きを民主主義的に行おうとするのであれば、そもそも「住民投票に参加する権利をもつ住民とは、誰をさすのか」をめぐる投票を事前に行って決めなければならない。そのような事前の投票に参加する権利をもつ人が誰なのかは、もう一つ前の投票によってしか決められず、その投票はさらにまた一つ前の…(無限に続く)というように、永遠に無限後退を余儀なくされることになり、結局、決定不能に陥らざるを得ないのである。

 民主主義そのものには、民主主義的根拠がない。この、屁理屈のような、逆説めいた、いかにもこまっしゃくれた結論から、今一度、現下の普天間移設問題を振り返ると、この問題がわれわれに問いかけていることの大きさが見えてこよう。それは、「民意」という言葉を振りかざしさえすれば、正統性が自動的に付与されるような、民主主義内部での解決が可能な問題ではない(ある町長がインタヴューで用いた「絶対的な民意」という言葉に、おぞましさを感じるのは、ボクだけであろうか)。それは、民主主義という、われわれにとって自明で使い慣れた根拠がないときに、どこに政治の正統性を求めるか、そもそも日本の民主主義そのものを成り立たせる正義を、どのように構築していくのか、というきわめて壮大な(そして非常に知的な)作業なのである。
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