国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2009-09-11 07:52

(連載)この国の来し方行末(5)

野田 英二郎  元駐インド大使
 特に中韓両国の国民から、わが国は未だに充分の信頼を得ていないとすれば、日本があれほど大規模に長期間にわたって、これら両国及び東南アジア諸国に、加害者として行動したことにつき、われわれ日本国民が乏しい認識しか持っていないことの背景を考えなければならない。先ず、前記のとおり、「神国日本」が「聖戦」を遂行していた、すなわち日本の政策は、アジア諸国で実施されるときに、常に正しかったとの意識が(アジアで真先に近代化に成功して先進国になったとの優越感に助けられて)戦前戦中のわが国で極めて強かったことを想起しなければならない。更に、戦前戦中の報道管制により、自国の軍隊や官憲が如何に多くの被害と苦痛を中国その他の諸国民に与えたかについて、――戦後の極東国際軍事裁判などで明らかにされるまでは―― 国民一般は殆ど全く知らされなかったことが挙げられる。

 また戦争末期にうけた米空軍の猛烈な爆撃により、わが国の大部分の都市は灰塵に帰し、婦女子を含め膨大な非戦闘員が犠牲となった。広島と長崎への原爆投下の惨害はいうまでもない。このような経験のため、わが国民は、国の歴史上未だかつてなかったほどの被害者意識を持つに至り、日本自身の過去のアジア諸地域での加害者としての自覚などは殆ど忘却されるほど希薄なものとなったのではないか。これが中国と日本の国民感情に大きな距離を生じた原因ともいえる。

 歴史認識の問題は、依然として尾をひいている。航空自衛隊の田母神幕僚長は、発表した論文が問題となり、退職させられた。その主張が著しくバランスを欠いていたことは否定できないが、その主張が政府の公式見解と符合しないので不適切だというだけでは、この国の在り方に関する基本的な検討を避けることになる。幅広く真剣な、掘り下げた討議を続けてゆく必要があろう。国の在り方を考え、正しい方向を見出すための智恵は、昭和のはじめまででなく、明治維新にまで遡ってわが国の歩みを振り返るところから得られるであろう。「世界第二位の経済大国」などという心のおごりも捨て去ることが賢明であろう。

 最近の国際情勢をみると、イラク戦争と金融危機等により、米国の権威は政治的にも経済的にも著しく低下し、世界は従来の既成概念では想定されなかった地殻変動を経験しつつある。「多極化」どころか「無極化」と形容できるほどである。このような流動的で複雑な情勢の中では、尚更、わが国の憲法が掲げている倫理的理念が、時代の転変を超越して、その価値を発揮するのである。

 結局のところ、われわれ日本人が国際社会で信頼され評価され、国として安定した地位を築くための最も確実な道筋は、明治維新に遡る歴史認識をもち、現行の憲法の精神を守ることにある。平和主義、主権在民、基本的人権の尊重など、憲法が掲げている高度の倫理的普遍的原理に立ち返り、これらが国是として定着するよう、たゆまず努力をつづけることにある。(おわり)
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム