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2009-07-22 22:06

チェチェンで殺されているのは、私たち自身なのだ         

大富 亮  チェチェンニュース発行人
 さる7月15日に連続暗殺事件の何人目、何十人目かの被害者として、チェチェンの人権活動家ナターリヤ・エステミローワが消された。こうなったのは、8年前のちょうどいまごろ、人道援助物資を運んでいたヴィクトル・ポプコフが、チェチェンのゲヒでロシア軍に撃たれ、数ヶ月の苦しみのあとで死んだのが皮切りだったような気がする。やがて政治家が殺された。アスラン・マスハードフは、チェチェンの大統領だった。一度は軍人としてグローズヌイをロシア軍から奪回し、ロシアとの和平合意と平和条約をとりまとめた人物だった。次に、ジャーナリストが殺された。アンナ・ポリトコフスカヤだ。第二次チェチェン戦争の最初から、チェチェンでの悲惨な虐殺を世界に伝えてきた人だった。

 その次に、アレクサンドル・リトビネンコが殺された。1999年にモスクワで相次いで起こった集合住宅の爆破事件(それがロシア軍のチェチェン侵攻の口実に使われた)が、ロシア政府の自作自演だと暴露した人物だ。ロシア製の放射性物質の入ったお茶を飲まされたのである。その次に、弁護士が殺された。アンナの代理人でもあり、ロシア軍のブダーノフ大佐に強姦・絞殺されたチェチェンの少女エリザの遺族の代理人も務めていた。アンナの後輩にあたる若いバブーロワ記者と一緒に、モスクワ市の中心部で銃殺された。

 7月15日に殺されたナターリヤ・エステミローワは、チェチェンで猛威をふるうラムザン・カディロフ(親ロシア傀儡政権大統領)の犯罪を力の限り告発し、アムネスティはじめ、国際的な人権組織の情報源になっていた。その彼女に、かつてラムザンは「そうだ、俺の腕は血で染まっている。恥ずかしいなんて思ったことはないぞ。悪い奴は殺してきたし、これからだってそうだ。俺たちは共和国の敵と闘っているんだからな」と言った。その言葉どおり、彼女は殺された。ロシアのプーチン=メドヴェージェフ政権と、チェチェンのカディロフ政権は一体のものだ。そこでは、発言すれば殺され、座視すればもっと多くの人が消えていく。今度消えてしまった人は、私たちと同じような人だった。新聞やニュースサイトをよく読み、理不尽な出来事を知って怒り、頼まれればすすんで署名やカンパをし、心を動かす本に出会えば人に勧める。集会に参加したり、自分にもできそうな活動を見つけると、おずおずとボランティアを買って出る、そういう人たちの延長線上にいたのが、ナターリヤという人だった。

 私たちのほとんどは、訃報で彼女を始めて知った。悲しもうにも、思い出がない。けれども、やはり、忘れていい人ではない。この人はいなくなっても、この人を殺したラムザン・カディロフは今も生きて、人々を苦しめつづけている。ナターリャを失った人権団体「メモリアル」は、チェチェンでの活動を無期停止し、チェチェンの人たちは不安を深めている。その一方で、オレグ・オルロフ代表は、ラムザン・カディロフを、モスクワ市内務部に告訴するという。しかし、ロシアやチェチェンには、そもそも市民が頼りにすることのできる法と正義があるのだろうか。そこでは、想像を絶する恐怖に耐えて踏みとどまることがやっとの人たちがいる。私たちにできるのは、それを知ることだけなのだろうか。ただ恐れていてはいけないことだけは、確かだ。
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