新型肺炎・パンデミック猖獗下の尖鋭化する米中対立

2020年6月1日
坂本 正弘
日本国際フォーラム上席研究員


I.コロナが変える世界

1.パンデミックとなったコロナウイルス

2019年末、中国・武漢で発生し、2020年初、湖北省で猖獗したコロナウイルスは、韓国、日本などの周辺国、更に、イラン、イタリアに飛び火し、3月にはスペイン、独、仏、英と欧州全域に急拡大した。4月にはアメリカで急膨張し、西半球、アフリカを蔽う、文字通りのパンデミックとなった。5月20日の世界のコロナ感染者は5百万に近く、死者数も30万人を超えている。米国が、感染者150万人、死者9万人のダントツの状況のなか、露、西、英、伊、仏、独などの欧州諸国の感染者が20-25万台で続き、途上国にも感染拡散の続く状況で、多くの国では医療現場の逼迫・崩壊の危機にさらされる。しかし、発生源の中国は、感染者8万5千人、死者3千人台に留まり、早期収束を宣言する情況である。

2.社会隔離の衝撃と社会変革

この人-人感染力の強い、姿なきウイルスに対し、有効なワクチンは未開発であり、ウイルスを制御する薬も不明な状況で、医療崩壊を避ける対抗手段は、社会隔離(Social Distancing)が主となった。社会隔離は、これまで、人-人の接触と交流を増加させ、協業により社会生活を高めてきた近代文明の否定であるが、恐怖がこれを強要した。多くの国は国外との往来を遮断するのみでなく、国内でも、外出を制限し、公共機関の利用を制約した。在宅勤務やTV会議が流行したが、外食や、旅行は減少し、外出時はマスクを必須とする生活を強いられた。
 このような自粛行動は各人の生活を制限するのるのみでなく、多くの企業活動には致命的打撃となり、企業倒産、失業増大から、政治不安の状況に追い込まれる。多くの国は3月から、強い隔離生活に入ったが、2月を経た5月中旬に入り、欧米諸国などでは、なお感染者が多いものの、社会隔離の一部を解除する動きがあいついでいる。但し、この数ヵ月のコロナウイルスによる個々人の心理、生活様式への影響は甚大であるが、多くの識者の告げるように、コロナの本年秋、来年と再燃の恐れもあるとすれば、ウイルスとの共存を意識した、現代生活への影響は根強いものとなろう。
 『国際金融』2020年5月号掲載の、中小路氏の「イタリア・コロナとルネサンス」は、ペストが、欧州中世支配した教会の権威を終了させ、ルネサンスを招来したとの見解は極めて興味深い。コロナは独裁政権にも挑戦し、各国首脳は民衆の動きに、細心の配慮を強いられている。同氏は、また、21世紀のルネサンスとして「デジタル化」を挙げるが、デジタル化を伴う新しい生活様式が進むことになろう。国際関係も大きな変化を受ける。

3.深刻化する米中対立と世界秩序

新型肺炎・パンデミックと世界のパワーバランス」(2020年4月1日掲載)で、筆者はウイルスが米中対立を悪化させるとしたが、一方に、早期収束をした中国が、その共産党支配の優位を唱え、生産を再開するとともに、余剰となった医療資源を駆使し、欧州・西半球・アフリカなどで、積極的医療外交を展開し、国際的影響力を高めている。更に、コロナに苦しむ米国を横目で、周辺での軍事活動を活発化している状況がある。しかし、中国コロナウイルスが、パンデミックとなり、世界に、大きな被害を与えている点についての釈明・陳謝はない。
 他方、今や、世界最大のコロナウイルス感染国となり、多大の死者を出している米国としては、中国の動きを看過できない。しかも、今回のコロナ問題で浮き彫りになったのは、WHOを始めとする国際機関への中国の影響力の強さであり、また、医療資源生産における中国の独占的地位である。米国は、武漢生化学研究所が、パンデミックの原因だとして、中国の責任を問うている。米国の主張には、耳を傾けさせるものがあるが、問題は、トランプ政権の「米国第一主義」が障害となり、G7ですら共通の対応ができない情況である。

4.日本の立場、役割

日本は、3月の緩みもあり、4月に感染者が急増し、医療現場が逼迫した。その後の緊急事態の宣言をへて、事態は改善し、5月14日、39県で、自粛緩和が宣言され、残りの8都道府県も関西圏の21日解除を皮切りに、全国での緩和が見込める状況である。国際的にみれば、良好な状況だが、ワクチンや有効な薬剤が開発されなければ、再燃の危険はある上、何よりも、海外との交流ができない。米国の主導性が低下する中で、日本の役割は、日米、日欧の連帯を強め、コロナウイルス克服への対応を強化することである。

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II.中国の早期収束と世界への衝撃

1.強制隔離、早期収束と態勢優位の顕示

2019年末、武漢でコロナウイルスが発見されたが、中国当局の対応の遅れもあり、1月25日の春節を目前に、感染者の急増がみられた。1月23日、中国は、人口1千万を超す武漢市を強制隔離し、中国の他の地域への感染を防ぐ戦略で、武漢市と外部との交通を遮断するとともに、武漢市内部での公共交通の停止や外出、集会の抑制を通告し、マスクの着用を義務付けた。中国当局は、1月25日、強制措置を湖北省全体にも拡大するとともに、病院の緊急建設など、医療資源を集中投入した。また、中国全土に向け、外出の制約、集会の禁止などの社会隔離を強化した。IT技術を駆使し、顔面認証、ドローンによる監視を強化し、電子通行証により、全土にわたる監視社会を実現した。
 強制隔離後の武漢市では、感染者が病院に殺到し、阿鼻叫喚の状況で、ファイナンシアル・タイムスのアンデリーニ氏は「新型肺炎は習王朝の天命の危機」と評した(日経新聞2月14日)。しかし、2月末に至り、新規感染者が急速に減少し始め、中国当局は、感染症闘争に勝利との自信を表明するようになった。武漢市の突貫工事で完成した病院は不要となっている。3月からは、海外で急増するコロナ感染者の中国への逆流入を警戒する状況である。
 独裁政権にして可能な強制隔離と国土全体をめぐらしたIT監視体制は、人-人感染の強いウイルス対抗に有効だったといえる。さらに言えば、コロナウイルスはすべての個々人に直接脅威を与える点で、孫文が「砂の如し」と評した中国人にも、政府の強制措置を受け入れやすい状況があったのではないか。各「社区」が、他地区からの人を拒否し、自主的に社会隔離を高めている状況は、それを裏書きする。
 中国の2020年1-3月のGDPは、前年同期に比べ、6.8%減少した。工業生産は8.4%低下し、消費や投資も減少である。しかし、上記のようなコロナ情勢の改善を受けて、3月から、企業活動の再会を促進してきたが、4月8日武漢市の封鎖も3月ぶりに解除された。4月の工業生産は前年同期で3.9%の増加であり、輸出も3,5%の増加に転じた。コロナ猖獗下でも、中国各社の5G攻勢は続いている。IMFの2020年4月予測では、中国の2020年GDPは1.2%と主要国では唯一のプラスを示す状況であるが(米国-5.9%、日本-5.2%、ドイツ-7%)、これは下期の回復を意味する。早期収束の優位は、中国への外資投資の継続に示されるが、サプライチェーンの中国からの移転もさほどの進展ではない情況である。
 中国は、延期した人民代表者会議を5月22日開き、冒頭、感染症対策は戦略的成果を収めたとしたが、雇用を重視するとともに、国防費を6.6%増加する姿勢を示した。

2.世界の工場利用の医療外交

今回のコロナウイルスによる生産の遮断は、世界の工場としての中国の影響力の強さを示した。特に医療面での医薬、医療器材の生産では、医療マスクが典型だが、その優位を浮き彫りにした。しかも、コロナ感染者急増に対応し、増強した医薬、医療器材の生産能力は、8万人をAI分析し、蓄積した医療情報とともに、医療外交の有力な武器となっている。特に、中国のコロナ感染者が減少に向かった3月以降は対外援助の余裕が増大したが、WHOがパンデミック宣言を行った3月11日以降の中国以外の諸国の感染者急増による需要増大に合致した。イタリアから欧州諸国への感染拡大、さらに4月には米国への感染急増がみられる中、これら諸国の医薬品、医療用及び普通マスク、防護服、酸素吸入器などの医療資源の自給は限られ、世界の工場・中国への依存が明瞭になった。限られた医療資源を巡り、国際的争奪戦すら行われた。中国は早期収束の優位を生かし、世界のコロナ感染者急増の中、医療外交により、国際的影響力を高めようとするが、危機を機会へ転じる強かぶりである。

3.中国の負債

中国は、コロナウイルスとの闘いでの中国社会主義体制の優位を強調する。さらに、人口一千万の武漢市を封鎖して、世界へのコロナの感染伝播を抑えた、世界での伝染は中国の責任ではないとし、医療外交を喧伝する。しかし、世界で5百万人の感染者と30万人を超える死者は、中国発のパンデミックが原因との事実は消えない。更に、武漢でのコロナウイルス発生は2019年12月初めに確認され、李医師が発信したが、武漢市幹部はこの事実を隠し、中国当局は1月中旬、人-人感染はないと報道し、WHOが援用した事実がある。習政権の初動に大きな問題があるという指摘は、無視できるものではない。
 新華社は、コロナ問題発生以来、習氏が連日、多数の海外首脳に電話し、中国の立場を説明し、医療外交を展開する様子を伝えるが、中国の世界への負債を意識していることは明らかである。中国は、武漢ウイルスとか中国コロナウイルスなどの表現を嫌う。趙報道官が2019年10月武漢で行われた国際軍人体育大会参加の米陸軍参加者がコロナウイルスを持ち込んだと述べたが、米国は強い反発は当然として、国際的顰蹙をかっている。最近の調査では、欧州からの軍人参加者が、当時、武漢で感染したとの報道がある。米国は、ウイルスは中国の武漢生化学研究所から発したと改めて主張している。

4.中国寄りのWHO事務局長

これに関連し、問題視されているのが、WHO事務局長テドロス氏の中国との関係である。台湾は、2019年12月、WHOに中国での新型肺炎を通告したが、無視されたとしている。米下院の改革委員会に属するJordan議員など13名は、4月9日、テドロス事務局長あてに糾問状を出している。その概要は、WHOは公正な対応をすべきなのに、中国寄りだとし、①1月14日、WHOは、中国当局の見解として、新型肝炎は人-人感染しないと報道しているが、これは重大な誤報だとした。②WHOはその後も、中国の意向に従って、1月23日に出すべき『国際緊急事態宣言』を遅らせた。③WHOは2020年1月30日「緊急事態宣言」を出したが、中国の対応を十分とし、諸国に中国との旅行制限を提案せず、米国の中国からの入国制限に反対した。この結果、大勢の中国人が海外へ出かけ、世界に感染を伝播したと糾問している。
 テドロス事務局長は、2018年に就任しているが、アフリカ諸国、中国の支持を受けて選出された。母国・エチオピアが中国から多額の援助を受けているためか、中国寄りとみられる行動が多い。トランプ大統領は、テドロス事務局長の態度をなじり、4億ドルの拠出金の交付を停止するとしたが、中国が3千万ドルの追加拠出を行うと決定した。5月18-19日行われたWHO総会では、習近平が冒頭演説し、その影響力を示したが、テドロス氏は、台湾を総会に出席させなかった。
 なお、WHOの前事務局長は、中国系Margaret Chan氏(2007-17年、香港出身、WHO事務局長補佐、2006年の事務局長選挙では、尾身茂氏と争った)だったが、Chan事務局長の10年により、中国は大きな影響力を残していよう。今回のコロナ問題は、中国の国連及びその関連機関での影響力の大きさを浮き彫りにしている。

表1

5.中国の支配力増加の国連システム

毛沢東政権が、1960年代の中国貧困の中でも、極めて重視していたのは核開発と国連安保常任理事国の地位であった。1960年はアフリカの年といわれ、多くの独立国が誕生したが、中国は途上国の代表だと言い続け、アフリカを援助し、その票で台湾を追い出し、国連安保理常任理事国(P5)の地位を手に入れた。以来、P5の拒否権を使い、多くの無頼国家を保護してきた。P5の国連機関での地位は強い。中国は通常予算では米国に次ぐ2位だが、国連平和維持活動への兵員派遣では、他の常任理事国を大きく上回っている。
 また、P5は国連傘下の多くの機関に人員を送り、その活動に関与することができるが、中国はP5の影響力を極めて効果的に利用している。国連には15の専門機関があり、中国は4つの機関のトップを占めるが(FAO, ICAO, UNIDO, ITU)、他の常任理事国である米、英、仏の1ないし2と比較しても異常に多い。国連職員は、国籍を離れ、国際社会に奉仕することを求められるが、中国出身者は中国の国益を代行する場合が多い。WHOの場合のように、出身国への圧力を通じて、中国の国益を押し付けることも可能である。
 拙稿「先端技術を巡る米中闘争」(2018年12月31日)では趙厚麟氏が2015年ITUの事務局長に就任してから、如何に、中国が、ITUの権威を活用し、5Gを巡る戦いを有利に進めているか、米中経済安全保障調査会(USCC)の報告書を引用して紹介した。中国は、ITUの5G関連の会議に、ファーウェイやZTEから、大代表団を送り、また、中国で5G関連の会議を多く行い、得意の接待外交で、各国の支持を高めてきた。この方式は、他の専門機関でも、同様だろうが、それは、特に主要な専門機関での主要なWGの議長をとり、更に、事務局長を狙うというやり方である。
 国際民間航空機関の柳芳事務局長は、元中国航空局の高官であるが、台湾の総会への出席を認めず、また、最近のコロナウイルスへの対応に関する情報の、台湾への提供を拒んだという。この様な状況で、2020年3月5日、Francis Gurry世界知的所有権機関(WIPO)事務局長の後任を争う選挙が行われた。中国擁立の王WIPO事務次長に対する、米国などが推薦するダレン・タン・シンガポール特許庁長官だったが、ダレン・タン氏が大勝した。技術提供強要を批判される中国が、5つ目の専門機関のトップをとることへの反発といえよう。今後、2022年にかけて、国連専門機関のトップの改選が多い中、中国との戦いは激化しよう。

III.アメリカの混迷

1.後手に回ったアメリカ

2020年初のトランプ政権の最大の関心事は11月の大統領選挙だった。厄介な大統領弾劾裁判は、2019年12月下院での弾劾に続き、一般教書演説を挟んで、上院で、2月初めまで続いたが、終わった。一方、米中通商交渉は1月15日、一応の合意を見たが、米国に有利な条項が多かった。トランプ大統領は1月末、新型コロナ対策本部を設置し、中国全土からの入国を禁止したが、1-2月の米国での感染は限定的だった。大統領予備選が2月初めのアイオア以後本格化し、メディアの関心は3月10日のスーパーチューズデーに忙殺されたが、民主党候補の乱立の中、トランプ氏は11月大統領選を楽観していたのではないか。失業率は極めて低く、株価は3万ドルに迫り、世界株価が混迷の中、米一強の状況を示していた。
 しかし、3月初旬2桁のコロナ感染者が、欧州経由で急拡大したため、11日には、欧州からの入国禁止を含むコロナ対策を発表したが、株価は急落し、13日には、非常事態宣言を行い、検査の拡充、医療体制の整備、企業支援を充実し、更に、全世界への渡航禁止、2兆ドルの経済支援、国防生産法に基づく医療資材の増産を進めた。
 しかし、3月20日には、感染者は2万人となり、ニューヨーク、ワシントン、カリフォルニア各州が、住民への外出制限、職員の在宅勤務、学校・レストランを閉鎖し、その後多くの州が感染抑制に乗り出した。最も緊迫したニューヨーク州では、医療情勢が逼迫し、病院船まで動員した。しかし、米国の感染者の急増は止まず、3月末には19万人と世界最大となり、その後、4月末は百万人超、5月20日には153万人となった。死亡者は9万人を超え、近く、ベトナム戦争時の犠牲者6万人を遥かに超えている。株価は、3月初旬から、一時、2万を切る急落ぶりだが、その後も乱高下が続く。企業活動は停滞し、失業保険申請者は、5月中旬3600万人と、米国の全雇用の2割が失業の状況である。

2.早期解除の動きと大統領選

トランプ大統領は、経済活動の早期解除に積極的であるが、非常事態宣言からひと月を経た4月半ばには、感染者増加の中、経済の段階的再開の方針を示した。早期解除の動きについて、ファウチ米CDC所長は警鐘を鳴らすが、日々の感染者の増加が、なお、1万人を超えている状況で当然である。しかし、5月に入り、ニューヨーク州などはなお慎重であるが、段階的ながら、経済活動再開の動きが、テキサス州などから全土に拡大している。
 Obama元大統領は、トランプ政権のコロナ対策について、大惨事となる可能性を指摘し、批判したが、大統領選挙への影響も注目される。9万人の死者は、4割近い岩盤の支持をも、下押しする。但し、相手のバイデン氏も高い人気ではない。コロナウイルスは米大統領予備選での集会が、開催できない情況に陥れているが、11月の本選にも影響する状況である。

3.ウイルスが尖鋭化する米中対立

2018年から激化した米中通商対立の背後に、議会、知識層を始め、広範な米国民の対中感情の悪化があることは、周知のところであるが、今回のコロナウイルス感染は、米国人の中国認識を最悪と言うべき状況にした観がある。第1は、米国の、膨大な感染者、特に9万人の死者に触発される悪感情と共に、外出制限を始めとする、日々の不都合・脅威への怒りがある。トランプ政権の追求する習政権の初動の遅さ、更に、武漢生化学研究所からの流出を追求する姿勢への共感となるが、中国が謝罪を表明しないのみでなく、武漢ウイルスの発生は、米陸軍が持ち込んだと表明するに至っては、対立は尖鋭化する。更に、中国が、ポンぺオ国務長官を名指しで、嘘つきと非難するに至っては、米国の世論は硬化する。米国の一部には、コロナ被害に対する中国への賠償請求の動きすらある。
 第2に、その中国が早期収束を達成して、医療外交や経済外交で、一部欧州諸国や、アフリカ、中東、アジアのみでなく、ラテンアメリカ諸国に援助し、その影響力を高めようとする状況は、米国のみならず、欧州諸国などでも不愉快であろう。マクロン大統領も中国が独り勝ちに、振舞うのはあまりにも単純すぎると不快感を示している。
 第3に、米中対立には、中国の急台頭に伴う、覇権争奪の面がある。それは、技術、経済、軍事、国的影響力など多岐にわたるが、今回のコロナ感染は中国の台頭をさらに押し上げる要素がある。第①に、今回のコロナ感染による経済の打撃が、中国の早期収束に対し、米国の収束が遅れれば、米中の経済規模の差は大きく縮まることになる。物的生産ベースの購買力平価のGDPでは中国は2014年、米国を追い抜いているが、ドルベースでも2019年のGDPは米国21兆ドル、中国14兆ドルの差は、米国経済が2割減となり、中国が1割増加すればほとんど並ぶこととなる。米国の膨大な財政赤字の後遺症を勘案すれば近い将来ありうることだが、当然軍事費にも影響する。
 第②に、技術覇権の面では、5Gでの競争は続いているが、今回のコロナウイルス対応の過程で、中国は、AI分析で、多くの医療知識を蓄積した。中国のIT技術も、デジタル化を一層加速化し、大きな進歩を遂げていると考えられ、米国には脅威である。しかし、米国のコロナ問題への対応は、粗削りながら、ダイナミックな反応がある。ファーガソン氏は米国には過ちを修正する能力があり、ワクチン開発でも米国が勝利するだろうとする(日本経済新聞5月21日号)。そのワクチン開発で、米国は、中国が技術を盗取していると非難するが、米国民の感情を高める原因となる。これに関連し、米欧では、株価が下がった先端企業を中国に買収させないよう防衛を高めている。
 第③に、IT技術の発展は国防能力に直結する。中国の軍事力の増強は、2015-20年の間、A2/AD能力とともに、海軍力が大きく増強された。最近ではこれまでのスマートな核兵力(300を3倍)をも増強する動きで、米国を牽制する。米国防総省は、5月20日対中戦略白書を議会に提出し、中国との対抗に備えるとした。コロナウイルスが一時的にせよ、米空母の機動力を制約したが、コロナ対策での財政赤字拡大が、米軍増強の足かせとなる可能性を排除できない。
 第④に、コロナウイルス問題は、中国の世界の工場としての地位、国際社会、国際関係、国際機関での影響力の侮れない強さを示したが、一帯一路構想は南欧や、東欧での中国の影響力の高まりを示している。もちろん、中国の援助が時として債務累積を生み、また、コロナ問題が中国援助品の粗悪さや、中国在住のアフリカ人への差別行動から非難されるなどマイナスの面はあるが、総体としての中国の影響力は侮れないとの評価となろう。
 この様な状況への対応として、Hal BrandsはBloomberg opinion columnistだが、アメリカの今後の政策として、第一主義を修正し、同盟関係を強化すべしとするが、トランプ政権の政策は、米欧関係が典型だが、対中戦略の国際的結束の足かせとなっている。

4.パンデミックを挟む米中対立の激化

以上のように、米国の中国への対応は険しいものだが、最近は、コロナウイルス感染増大の続く中、選挙も控え、感情的ともみられる発言が続く。トランプ大統領は、5月14日、中国との国交断絶を言及し、米国議会では中国のドル国債没収論も出る。ファーウェイへの製品供給停止を決定し、上院は台湾の国際機関への加盟支持を表明し、米海軍は駆逐艦の台湾海峡通過を行う。かかる中で、劉鶴氏と米通商代表部の話し合いや、中国の米農産物買い付けは、対立を緩和する要素だが、中国商務部は米中通商合意の米国商品輸入2千億ドル増は不可能だとして、妥協の動きを牽制する。筆者は「 米中対立とドルの力 米国発『対中金融制裁』の可能性」(2019年11月1日)で米国の対中金融制裁の可能性を指摘した。
 他方、中国の米国への対応にも、国内を意識した、激しさが増加している。新華社は5月9日「新型コロナウイルス肺炎の感染に関する米国の中国に対するうそと事実・真相」と題して、24の例を挙げて反論した。その概要は、第1に、米国は武漢ウイルスの発生源について、虚偽の宣伝をしているが根拠がない。第2に、中国は武漢を抑え込んだことで、世界への感染を防いだ。第3に、中国共産党と中国政府は、人民を指導し、ウイルスに勝利した。第4に、中国とWHOとは、良好な協力関係にある。米国の拠出金停止は国際社会の反対にあっている。などである。
 環球時報は3月31日のコラム「変局」で、「新型コロナウイルスが、米国の世紀は終わらせた」とした。中国歴代の王朝滅亡の教訓を述べた後、最近の4人の米大統領を批判した。クリントン大統領の「モニカ・ルイスキー・スキャンダル」、ブッシュ大統領のアフガン・イラク戦争、オバマ大統領の8年間の無為、トランプ大統領の米国第一主義が、伝統的国際体制を崩壊させたとした。さらに、次期大統領選に触れ、一年以上の時間をかけ、74歳と78歳の老人2人の選挙をするしかないのかと批判する。極めて煽情的な対応であるが、面子を重んじる中国が、国内での反米感情に配慮する必要性は、「戦狼外交」推進の趙立堅外務報道官の強硬発言と軌を一にする。
 核を持つ米中両国が全面戦争を行うとは予想しないが、米中、それぞれ、国内状況から、妥協の道が険しくなる中で、偶発戦争の危機も否定できない面がある。中国は、かねてから、人民解放軍は2020年までに局地的情報化戦争で勝利する能力を持つと述べてきた。米ランド研究所は、2015年「米中軍事力スコアーカード」で、米国はグローバルパワー、中国は地域パワーの軍事力の状況で、中国の戦略は、「初戦で優位に立てば、その後劣位になっても、米軍の中国本土上陸はないので、核戦争の脅威を振りかざし、停戦し、国内では、勝利したと宣伝できる。これが、中国の局地的情報化戦争勝利論の誘因ではないか? と述べる。従って、米国の戦略は、中国の初戦の優位を封じ込めるため、分散した前方展開を行うべしとしていた。中国はその後、南シナ海で軍事基地を整備、充実し、このコロナ対応を挟んで、人民解放軍の軍事力は大きく向上している。状況は悪化しているのだろうか?

IV.日本の役割

1.第一波のウイルス抑制

日本にとって、隣国中国でのコロナ感染の状況は衝撃だったが、中国の湖北省以外への入国制限は3月にずれ込んだ。習主席の訪日、WHOの緊急事態制限の遅れなどが、判断を遅延させた嫌いがある。1-2月の日本の感染者は少なく、当初の日本での感染者の殆どが訪日の中国人だった。しかし、その後、日本の感染者が増え、3月2日、テドロス事務局長は「中国の情勢は落ち着いているが、韓国、イタリア、イランと日本を、今後の感染拡大の懸念される国」としていた。以来、日本人への渡航制限国は、中国を含め相次ぐ状況だった。
 安倍総理は2月末、大規模イベントの中止、3月からの公立学校の休校を決意し、国民にも外出抑制などを要請した。しかし、その後も感染者が増加し、4月7日から、5月6日までの更なる大幅な外出抑制、在宅勤務、レストランなどの営業自粛、図書館の休館などを要請した。自粛要請は、その後、延長されたが、5月14日に到り、39県については、自粛を緩和した。残りの8都道府県についても、21日大阪圏が緩和されたが、東京圏も状況が改善しており、近く緩和が予想される。
 日本の総感染者数は5月20日現在、16443名、死者784名だが、最近の回復者数の増加は多く、累積で12579名となった。入院者数3033名だが、4月下旬の1万人超の状況からは、3割と大きく改善しており、コロナウイルス抑制に成功しているといえよう。

2.ほろ苦い成果

海外から見ると、日本のPCR検査は少なく、外出制限や営業規制も要請ベースで法的強制力はないが、感染者・死者ともに低い状況は理解できないようである。従って、集団免疫を獲得したとは言えず、高齢者の多い日本での今後の問題として、ウイルス再燃の危険を指摘する向きが多い状況である。日本人としても、自粛による成果は歓迎だが、ウイルス抑制の過程はほろ苦いものがある。
 第1は、上記に述べたように、入国制限の遅れだが、中国への配慮や、WHOの判断に依存し過ぎた感がある。水際対策は台湾のように断固たる措置が必要だった。第2に、医療現場の貢献には頭が下がるが、医療行政の硬直性には、義憤を感じた人も多かろう。保健所の電話は繋がらない。軽症とされながら、手遅れとなる。総理自身が、推奨するPCR検査には目詰まりがあり、勧めるアビガンよりも、レムデシベルの方が、早期認可される状況である。これは、第3に政治の主導性欠如だということが見えてくるが、今回のコロナ対策で、知事に主導性のある逸材の存在することが分かったのは、幸いであった。
 ほろ苦い成果は、献身的で、創造的な医療現場と、要請ベースながら、政府の要請にこたえた、国民、業者の自粛の結果といえようか?しかし、自粛の結果の成果では、まさに、社会の集団免疫を得たとはいえず、日本としては、第2波、第3波に備えるべきである。改めて、PCR検査、抗体検査の普及、医療体制の整備とともに、ワクチンの発見・製造、コロナウイルス治療薬の開発に、更なる資源を注入すべきであろう。

3.対中政策の再編と、G7の活性化

今回のコロナ問題で、改めて、浮かび上がったのは、中国の影響力の強さと、その国益優先の重商主義と、独裁体制維持の姿勢である。中国には、軍事、経済、外交を総合した総合国力が増大すれば、戦略的国境は地理的国境を越えて拡大するという、大国の論理があるが、最近は一層攻撃的であり、経済力を強制利用した政治目的の追求が目立つ。今回も、サプライチェーンを通じる、世界の工場の影響力を見せつけたが、今回のコロナ騒動は、中国のデジタル・IT技術力を高めたと思われる。5Gもその国際戦略の流れだが、医療外交も、特に、経済困難の一部欧州諸国や途上国に影響力を高めるための方策となっている。更に、注目されるのは、中国が長年かけた援助で、アフリカ諸国の首脳を抱き込み、数の力で、国連での影響力を高めてきた長期の戦略的思考である。けだし、中国のWHOへの影響力の大きさも、複雑な買収戦略の結果だろうか?逆に、中国への国際的警戒を高めた結果となった。
 日本が、この総合国力を高め、政治支配への願望が強く、老獪に強制外交を展開する隣国と付き合いするには、改めて細心の注意を必要とすることである。習近平訪日が懸案事項の状況で春風が吹いているが、日本人拘留問題が片付かず、尖閣問題での対峙は続き、日本艦船への海洋事故まがいの挑戦があり、東アジア、南シナ海での緊張がある。中国の、狙う政治優位は変わらない。
 したがって、日本は、中国との経済的つながりも、集中を避け、他の地域への展開により、多角化すべきである。次に、日米関係の強化は当然だが、日欧関係を強化することにより、G7の枠組みを強化すべきである。コロナ問題の対応は、ワクチンや治療薬の開発をはじめ、日米欧の医療協力を進める機会であるが、国際機関での中国の影響力を抑制するには欧州との連携を深めるべきである。
 最後に、日本は国防力を充実し、日米同盟を強めて、インド太平洋の平和の維持に努力すべきだが、東アジアにおける米中の緊張状態がどのような展開をするか、最大限の注意を払い、日本の対応を常に検討すべきである。

坂本正弘日本国際フォーラム上席研究員
坂本 正弘 上席研究員/評議員
1954年東京大学教養学部教養学科卒業、2004年総合政策博士。1956年経済企画庁入庁、経済審議官等を経て、1983年退官。神戸市外国語大学教授、中央大学総合政策学部教授、日本戦略研究フォーラム副理事長を歴任。