令和2年度第3次補正予算と令和3年度予算の編成への期待を込めて

2020年12月6日
廣野 良吉
日本国際フォーラム評議員・上席研究員
/成蹊大学名誉教授


 昨日の臨時国会の事実上の閉会後、菅首相は今年9月の首相就任以来2回目の本格的な記者会見に臨んだ。その場での発表や政権与党の有力者の発言などを聴いていると、本年度第3次補正予算案や新年度予算案の輪郭が次第に明らかになってきている。その主な中身は、主要マスメデイアが報道しているように、COVID-19の第3波による感染者数、入院患者数、重症者数、死亡者数の急増への感染抑制対策の強化とそれによる国民の日常生活の不安、各地・各業界への経済的打撃の救済策の強化と、前向きの中長期的な対策(2030年の炭素排出実質ゼロという脱炭素社会の構築、デジタル庁の設置を含む政府、地方自治体、公共機関のデジタル化の促進、地方創世交付金の拡充、男性・女性不妊治療への健康保険制度の適用、薬価基準の引き下げなど)が浮かんできている。これらはすべて確かに重要であり、国民が菅政権へ期待するものであるが、問題はそのための施策の中身とその決定過程であり、また予算の執行方法・制度のあり方とそれに大きく依存する成果が国民の期待に沿ったものになるかどうかである。

 小生が発起人のコアとなって2000年に結成した日本評価学会は、本年の第21回全国大会をコロナ禍の中での実施のためにZoomで11月28日と29日の両日開催した。オンラインだったので、例年の全国大会以上の会員と非会員の参加と活発な議論が見られた。多くの共通論題、自由論題セッションがあり、そのうちの一つが、小生が座長兼司会役を務めた「コロナ禍の中の令和2年度補正予算と独立財政機関(IFI=Independent Fiscal Institution)の主要課題」であった。

 周知のように、IFIは他のOECD諸国では、既に早くから導入されており、最後にOECD加盟国となったメキシコや韓国を含めてほとんどが国会直属機関として機能している。その主要な目的・機能は、立法府(米国など大統領制の国々)や行政府(議院内閣制の国々)が国会へ提出する予算案の与野党による徹底的審議を可能にするための科学的・客観的分析と評価であり、その結果は国民へ公表されている。その成否の判断は予算委員会と国会本会議での審議と、それに諸々の影響を与える国民各層の判断に任せている。このような機能を持ったIFIの活動は、提出された政府予算原案が、国民の短期・中長期的な雇用・所得・生活の安定のニーズと国民経済財政の中長期的な健全性・持続性に叶っているかを、必要に応じて国会がもっている国政調査権の活用を含めて、行政府の協力を得乍ら広く調査し、独立的な分析・評価をすることにある。

 全国大会での本件に関するセッションでは、2018年以来討議を重ねてきたJES分科会「立法府の分析・評価機能の強化」(小生が座長)の報告書、IFIの参議院設置を推奨している経済同友会の報告、公認会計士協会所属の専門家の報告を中心に議論された。報告者に対する疑問は、民主的社会におけるポピュリズム政治体制化とIFIの有効性、IFIの独立性維持の担保、グローバル競争下での社会的亀裂・分断下での国民的合意の困難、昨今の自国本位主義的國際社会での政策合意・協調・協力体制の弱体化など、コロナ感染逼迫化の中での行政府権限・権力の強化傾向と三権分立に基づく民主的統治機構のあり方などに集中し、多種多様な意見表明があった。しかし基本的には、分科会報告書や経済同友会検討部会の提案の「中核であるIFIの国会設置の重要性(経済財政の健全性・持続性の維持と民主的統治機構の健全な発展、特に現世代と将来世代の便益・負担の公平性)が確認され、さらに予算編成・実施の基本原則(リーマン・ショック時、東日本大震災時や今回の新型コロナの世界的感染拡大のような特別の場合を除いての均衡予算の維持、透明性、参加性、合目性、一貫性・整合性、公正性、有効性、効率性、主務官庁の恣意性の排除など)の重要性が再確認されたといって良いであろう。

 小生は既に本年3月17日にCOVID-19感染拡大が我が国でも本格化して、マスメデイアを含めて諸々な対応議論が続出する中で、(公財)日本国際フォーラム(JFIR)が運営する「百花斉放」で、従来伝統的に支持されてきた予算・財政政策の転換を訴えてきた。(『新型コロナウイルス禍における緊急経済対策を提言する』と『 政策提言:新型コロナウイルス禍における緊急経済対策 』参照) その訴えは端的に言えば、①感染症拡大阻止を優先すること。特に移動制限を含む緊急事態宣言の発令と感染症対策の飛躍的拡充(PCR検査の大幅拡充、感染者の隔離措置と移動追跡措置の徹底、保健所・診療所・病院など医療施設・医師・看護師体制の緊急拡充など)、治療薬・ワクチンの早急な開発と低所得者、低所得国への無償配布と中所得層への安価な配布、②緊急事態宣言の発令により発生する一般庶民の日常生活への負担の軽減・補償、失業者(失職者)への求職・資金中長期的ンバ我が国の経済財政的支援とITを含めた技能研修の拡充、中小零細企業主・自由業主への補償と選択的(生産性向上に資する投資など)融資の拡充、特定産業部門(航空・運輸業、医療業界、ホテル・レストランなど)への無利子融資拡充などで、国債発行の一時的増発と償還スケジュールの必要性を訴えた。

 しかし、同時に訴えたことは、感染症対策及び緊急経済対策で予想される各省庁による無駄な重複予算措置、効果・効率性を無視・軽視した予算措置、予算執行上の各省庁の恣意的介入などの排除を目的とした行財政改革の徹底であった。1960年代から我が国は、時の政権与党の政治生命維持のために、安易な赤字予算の編成・増発に頼ってきた。既得権益者集団(与党支持者や現世代の受益を優先する多くの一般庶民)の反対を恐れて、中長期的な経済財政の健全性・持続可能性の維持に真剣な有権者国民が要求する行財政改革の旗は掲げてもあまり実行せず、赤字予算の編成による経済成長、雇用維持といういわば「無血改革」という方法を選択してきた。真の行財政改革を怠ってきた結果、1980年代の世界経済のグローバル化、デジタル化を含めた技術革新の波に乗り遅れ、さらに90年の世界的バブル崩壊以降の世界経済の長期的低迷を背景に、かって米国に次ぐ経済大国(1980年代後半には、円高もあって世界の米ドル換算GDPの16%余)を誇った我が国経済は、2000年代に入って6%台へと低落し、2010年代には中国に抜かれただけでなく、1人当たり所得は世界で17番目まで相対的に低下した。

 赤字財政の毎年の積み上げが今もたらしている「最大の懸念・不幸」は、財政破綻の到来ではない。生産性の向上なき、産業構造改革なき、単なる投入財拡大(金融緩和・財政支出の拡大)による経済規模の拡大、持続性なき経済成長であり、その結果一層拡大しつつある所得格差と上場企業の株式価格の上昇や金融資産所得の分離課税などに基づく富の偏在、それがもたらす教育・保健面などの格差、子どもの貧困、貧困高齢者の急速な増加、社会保障制度の改悪などによる国民一般の不満、将来に対する社会的不安の激化、社会の分断である。世界経済における我が国経済の地位の後退などは、一部の国粋主義者や愛国主義者を除いては問題ではないが、国民が自分たちと子ども、孫、将来世代の雇用・生活の安定に不安を感じる社会程悲しい社会はない。

 さらに、一方で市場経済、特にグローバル化した世界経済体制においてGAFAに見られるような独占的企業の台頭による弊害、所得・富の格差などを生み出している「自由市場経済(Liberal market economy)は多々改善すべきものがあり、小生は早くからEU諸国に見るような社会的市場経済(Social market economy)体制への転換を訴えてきた。本来の市場経済体制が基幹とする「競争の原理」に基づく「市場の規律」(market discipline)は、産業構造改革、技術革新、経営革新、働き方改革などを通じた持続的な経済成長(生産性向上による経済成長)にとって最も重要である。そのためには、一方で独占禁止や税制改革を通じた所得・富の公正な社会的分配を強化すると共に、政府による市場や個人生活への恣意的かつ不当な介入を絶対に回避しなければならない。その意味で、小生は長年、国は国民一般の経済社会環境文化芸術などの持続性を維持する「公助」体制をしっかり確立し、その枠組みの下で「自助」、「共助」への協力を国民へ訴えるべきと主張してきた。この点で菅首相の力点の置き方とは異なる。「市場の規律」を重視する観点から、予算編成では、一方で歳出の無駄を極力回避し、持続的経済成長への改革に伴う「必然的な痛み」(良薬口に苦し)による失業者、低所得層へは時限的な支援を行い、また全国いたる所の地域社会に存在する人的・技術的・精神的資産と自然資源を有効かつ効率的に最大限活用する地方分権化を通じた地域活性化を促進し、他方では歳入の主要項目である税制改革を断行して、その透明性、公正性、効率性、中長期的な安定性を確保しなければならない。歳出歳入面で、これらを無視ないし軽視する赤字財政の際限なき拡大に同調する考えや政策・施策には断固反対する。

 このような基本的考えに立って採択すべき予算編成で、今回の新型コロナ禍の拡大の中で小生が強調してきたことは、①感染症終息までの期間(6か月から1年間、感染症の収束不明な場合には適宜修正延長)各世帯有権者ないし個人所得税非課税者や低所得者世帯(単身者世帯年間250万円未満、夫婦と未成人子ども2人世帯年間400万円未満)へは有権者一人当たり毎月10万円相当の国内生産消費財・サービス需要に限定された磁気カードによる付加給付を実施すること、②その付加給付カードは各自治体が、保有・管理する住民登録名簿に基づき郵送にて支給すること、③そのために必要な全経費は各自治体へ支給される「支出対象自由な地方交付金」、米国連邦政府歳入の一人当たり州民所得に比例した自動歳入分与制度(Revenue sharing plan)の導入、ないし地方自治体への徴税権の拡充で賄うことである。さらに、④かかる膨大な財政赤字の中長期に亘る現実的な返済計画(例えば、2011年の東日本大震災時の所得税の一定税率の長期間上乗せ)の明記とそれに基づく年々のモニタリングの実施と全有権者への定期的な公表である。その後、⑤現在導入されている「Go to travel」や「Go to eat」のような感染拡大の恐れがあるプログラムについては感染度合の状況に応じて停止、⑥特定省庁による制度運用上の膨大な運用委託経費がかかるプログラムの廃止、⑦再三の条件変更による歳出経費の無駄と国民の混乱や人々・組織に悪用されるような不適切なルールの設定などを伴う多種多様なこまごましたメニューはすべて破棄することを推奨してきた。その代わりに、⑧コロナ禍で多大な経済的打撃を受けている航空業界、レストラン・ホテル業界、医療業界などやその下請け、関連企業や従業員への支援可能な透明度の高い単純な制度(制度該当企業への雇用調整補助制度の拡充、政府系金融機関による新しい事業投資資金の無利子・無担保貸し付け制度の拡充や民間金融機関への利子補給や税制上の優遇措置の積極的導入など)へ限定することが望ましい。大変残念乍ら小生の訴えは、政権与党である公明党主山口氏の安倍総理(当時)への直接交渉で部分的に採択されたが、各関連省庁や自民党執行部の反対もあり、全面的には受け入れられなかった。

 これらの方法を採択することにより、全体主義的な専制政治国家によくみられるような国民が国(中央・地方政府)の命令・指示に隷属し、その代償として付加給付の支給対象・額を隷属国民へ限定するような性質を排除し、民主主義政治体制に相応しく国民的合意の下で一率の基準に依拠した透明かつ公正な付加給付とその支出用途を各世帯、各有権者、各国民が自主的に決める制度を設計することは不可欠である。こうすることにより、各世帯、各有権者へは主権在民意識の喚起に寄与することを狙い、同時に、地方自治体への権限移譲を一層推進し、住民意識の向上、地方自治権の強化に貢献することができよう。

 国会で承認された令和2年度の2回に亘る補正予算編成から分かるように、縦割りの各省庁の勝手な運用により、ルールの度重なる変更、解釈の恣意的な変更、違法行為の続発に見るような不始末が多々起きた。本年度の補正予算・本予算編成・実施で、国民、有権者の不満は既に爆発寸前に来ていると言って過言ではない。昨日の臨時国会終了後の菅総理の記者会見での発言では、令和2年度の第3次補正予算編成を既に指示したとのことであるが、以上みてきたような予算編成の基本原則を無視した編成方針は絶対に回避しなければならない。令和3年度予算編成も同様である。安倍政権では約束した「第3の矢」の実行は叶わなかったが、菅首相には是非国民一般が納得できる行財政改革を実行する強力な政治的リーダーシップを期待したい。日本国民が明るい未来を描けるような政策・施策を今回の第3次補正予算と令和3年度予算の編成で期待したい。

 IFIの国会設置は、財政支出の乱発に基づく経済の非効率性と、税制を含めた歳入制度の不公平性と非公正性を回避し、中長期的な財政経済の健全性・持続性の維持のための必要不可欠な措置であると同時に、主権在民と三権分立に基づく戦後の民主主義政治・統治体制の維持に不可欠であることを再度強調したい。現在国会の分析・評価機能の強化」を目指した「IFI設立を促進する会」を本年11月に立ち上げて、現在それへの参加・賛同を日本評価学会会員は勿論のこと、広く我が国の有識者、国民大衆へ HPやSNS(Facebook、Twitterなど)を通じて呼びかけていることを、この場を借りて付記したい。



廣野良吉日本国際フォーラム上席研究員
廣野 良吉 評議員・上席研究員/成蹊大学名誉教授
 1954年米国モアハウス大学卒業。1958年シカゴ大学大学院経済学研究科研究課程修了後、成蹊大学経済学部専任講師、同助教授、同大学院教授を経て、1998年より現職。その間、国際連合開発計画事業政策評価局長(UNDP)、国際連合経済社会理事会開発政策委員会議長、国立政策研究大学院(GRIPS)客員教授。現在、日本ユニセフ協会理事、日本評価学会顧問、国連大学シニア・プログラムアドバイザーなどを兼務。