平林 博 副理事長 「日本から見た世界 世界から見た日本」

第38話
『G8の崩壊とG7への回帰』

2014年5月15日
 日本国際フォーラム副理事長 平林  博



 3月のロシアの武力による威嚇及び行使によるクリミアの併合は、世界を震撼させた。ロシアを除くG7の首脳は、3月24―25日にハーグにおける第3回核安全保障サミットで集った際、ロシアへの制裁の一環として、ロシアをG8から追放するかどうかを討議した。結論的には、追放そのものには至らなかったが、ロシアが議長国として5月にソチで開催する予定であったG8首脳会議および外相会議をボイコットすることを決議した。核安全保障会議にプーチン大統領の代理として出席したラブロフ外相は、G8などに加わらなくてもロシアは困らないとうそぶいた。ロシアとしては、第1に中国やインドとの二国間の友好関係、第2に上海協力機構(SCO)やBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)といった欧米諸国抜きの国際的枠組み、第3にG8より大きいG20、これらがあれば十分との態度を示した。強硬なロシア政府と高揚したロシアの世論を考えれば、クリミアをウクライナに戻すことはないだろうから、見通しうる将来G8は開催されず、死んだも同然である。

  もともとG7からG8に拡大した際に、G7は逡巡した経緯がある。G7は、1975年にジスカールデスタン仏大統領のイニシャティブにより、米、英、仏、独それに日本の五カ国で出発した。その後順次、イタリア、カナダさらには国際組織の欧州共同体(EC,現在は欧州連合EU)が加わった。一貫した理念は、民主主義を信奉する主要先進工業国の集まりということだった。
 1989年のベルリンの壁の崩壊と1991年のソ連邦の解体後、世界秩序はポスト冷戦と呼ばれる時期に入り、一見安定したかに見えた。エリツィン指導下の新生ロシアは、ソ連邦を構成していた15の国のうちまずバルト三国が、次いで12の独立国家共同体(CIS)諸国が独立することを認める一方、ゴルバチョフが始めたペレストロイカおよびグラスノスチをさらに進め、世界秩序と平和を支える1極として新たな歩みを始めた。
 G7諸国は、このようなロシアが先進民主主義工業国として国際的な政治経済問題の解決のために貢献することを期待した。1994年のナポリ会合で政治討議への参加、次いで97年のデンバー・サミットでは世界経済、金融以外のすべての会議への参加を認めた。98年以降は正式にG8と呼称されるようになった。ただ、世界経済への貢献能力や意思に欠けるロシアは、今に至るまで、G7財務大臣・中央銀行総裁会議からは締め出されたままである。

 プーチン大統領は、カザフスタン、ベラルーシとともに2015年をめどにユーラシア連合の創設を目指している。キルギスやタジキスタンも関心を示しているが、ウズベキスタンほかも将来の参加候補と想定されている。この構想は、旧ソ連の団結と栄光とを目指す復古運動であるが、経済的さらには政治的団結を強化するEUや、ポーランドや旧ユーゴースラビア諸国さらにはバルト3国を吸収して拡大しロシアと接するようになった北大西洋条約機構(NATO)に対抗する意味合いも持つ。
 ロシアは、中国のイニシャティブで2001年に設立された上海協力機構(SCO)も重視するようになった。SCOは、中国、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンから構成され、モンゴル、インド、パキスタン、イランがオブザーバーの資格を有する。SCOは、中国とロシアの圧倒的な発言権の下にG7諸国と対峙する色彩がある。

 では、今後G7はどうなるのか?
 世界経済の議論の主要な場はこれまでもG7であったから、これは変わらないであろう。政治課題や安全保障問題は、G7だけの方が却って建設的な議論が期待できる。SCOやユーラシア連合は、独裁ないし強権国家の集まりといってもよい。自由貿易体制の強化や責任ある国際金融制度の確立、気候変動などの地球規模問題への対応、途上国支援などについても、十分な貢献の意思はなく能力も乏しい。
 G20は、G7のほか世界の各大陸の主要国を網羅し、かつてシラク仏大統領が主唱した多極世界を体現する。しかし、これらの諸国は、国の体制、政治安全保障面の利害の対立ないし制約、経済面での利害の相違など、求心力よりは遠心力の方が強く働きがちである。また、これまでは、G20の前にはBRICS諸国の打ち合わせが行われるのが慣行であり、先進国と新興国との対立の要素も見え隠れする。どだい、価値観も利害関係も異なる20の国々が、まとまって対応できることには限界があるのだ。
 日本人がとかく美化しがちな国際連合は、安全保障理事会において拒否権を持つ5大国のひとつが反対すれば何も決定できない。シリアやクリミアについてロシアは拒否権を行使した。国連はなんらの貢献もできなかった。米国も、イスラエル問題でかなり頻繁に拒否権を行使する。中国も時々行使する。かつて、コンゴ紛争の際に、安保理が動かなくなったので国連総会の決議によって国連が介入したことがあるが、この先例はその後踏襲されたことはない。国連が機能するのは、5大国のいずれもが国益とぶつからないと考える国際紛争に限られるのが現実である。

 こう見てくると、いずれの国際組織や国家グループにも、各種の制約がある。G7は条約もなく恒常的な事務局や機構もないが、同じ価値観と国際貢献への使命感で強く結ばれている。7つの構成国とEUは、世界経済や政治で圧倒的な影響力を持つ。プーチン大統領やラブロフ外相はG8がなくてもかまわないと嘯いたが、ロシア国民はそうではないであろう。クリミアの併合に賛成するロシア国民にとっても、一流国家の象徴であるG8メンバーから放逐されることは屈辱ものではないか。G7は、国際的に評価の高い主要国からなる「名誉ある組織」なのである。民主主義や基本的価値観を基本としているので、独裁や圧政にあえぐ諸国民の「希望の星」だ。
 G7諸国による対露制裁は、現段階では極めて限定的であり、実際の効果よりも象徴的な意味合いを持つに過ぎない。しかし、ロシアがウクライナ東部の分裂を図って介入の度を強めるのであれば、G7は自らも返り血を浴びる覚悟でより強力な制裁に移行する可能性がある。そうなると、ロシアの経済や社会生活に甚大な影響が及ぶであろう。

 G7ではわが国はアジアで唯一のG7メンバーであり、これまでアジア諸国や他の途上国の利益も代弁してきた。
 G7は、わが国が苦境に陥るときには日米同盟と並ぶ応援団である。ウクライナ問題のように欧米が苦境に陥るときには、わが国はできるだけ共感し協力する必要がある。


 [「自警」2014年5月号「日本から見た世界 世界から見た日本 第38話」より転載]

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平林 博

平林 博   日本国際フォーラム副理事長

 1940年東京生まれ。東京大学卒業後、1963年外務省入省。1991年から2007年までに、在米国日本大使館経済公使、次いで同大使館特命全権公使、外務省経済協力局長、総理官邸の内閣外政審議室長、駐インド特命全権大使、駐フランス特命全権大使、査察大使をそれぞれ歴任。
現在、グローバル・フォーラム有識者世話人、東アジア共同体評議会議長、日印協会理事長等を兼任。