蘇った日本 ― 陽はさらに高く昇る

2014年1月
 日本国際フォーラム副理事長 平林  博



 一昨年の安倍晋三政権誕生以来、我が国は様変わりした。小泉内閣後の自民党短期弱体政権及びその後の「どうしようもなかった」民主党三代の政権の下で劣化しつつあった日本が、安倍晋三政権の誕生により漸く蘇ってきたのである。昨年以来、所謂、アベノミクスと日銀の大胆な金融緩和によりデフレからの脱却への道筋が付いた。20年に及ぶ暗いトンネルを抜けて、日本経済と国民生活に明るい兆しが見えてきた。政権発足当初で70%以上、現在でも60%内外の支持率を得ている安倍総理のまともで強力な政策運営のおかげと言ってよいであろう。


日本の劣化からの脱却

 我が国は、長い間劣化の過程をたどった。経済社会面では長期デフレ、少子高齢化と社会保障制度の脆弱さからくる社会的不安感の増大、平均1年に1回交代した短期政権の継続、外交面では日米同盟の脆弱性増大、中国の脅威の増大と反日化する韓国など、厚い雲に覆われた感があった。長期の円高継続により、企業の海外進出が進んだかわりに国内の産業は空洞化し、地方は疲弊した。
 4年前に民主党政権は国民の輿望を担って登場したが、鳩山由紀夫首相は普天間基地についての迷走により日米同盟を危殆に瀕しさせ、菅直人首相は東日本大災害と福島原発事故で大チョンボを侵し、野田佳彦首相になって多少まともになったが、失地回復するには既に遅すぎた。
 1昨年12月の衆議院選挙での自民党の圧勝と安倍政権の誕生は、どん底まで持って行かれた国民が漸く目が覚めたからである。続く昨年7月の参議院選挙でも、自公両党は、半年間の連立政権の実績が評価され、議席の過半数121を32議席も上回り、衆参のねじれを解消させた。短期政権と衆参のねじれにより「決められない政治」が続いたが、これで漸く「決められる」政治の政治基盤ができたのである。

 安倍総理は、前回の政権では潰瘍性大腸炎で途中降板せざるを得なかったが、今回は、健康を取り戻したのみならず、前回の経験を十分踏まえた政権運営を行ってきた。「お友達内閣」の揶揄も、今回は消えた。本人の自覚が大きいが、政府・党の要職に適材適所を配置し、また政府内外の知恵者の意見を取り入れていることも大きい。
 安倍総理は、コトの優先度もわきまえている。長年の懸案である憲法改正は旗印としては掲げているものの、当面の最優先はデフレからの脱却に置いている。国民の最大の関心事項であるとともに、我が国の国力の回復のために必須不可欠だからである。
 安倍総理は、理念と波長を同じくする黒田東彦日銀総裁を任命し、政府・日銀の二人三脚でデフレ脱却と成長戦略の推進に踏み切った。日銀の思い切った金融緩和政策と政府の積極的な財政政策、更には従来タブーに近かった減反政策の廃止を含む農業改革を始め各方面の規制緩和や構造改革に邁進中である。
 これら3つの矢のうち最初の2つは既に効果を上げつつある。日経平均は、昨年前半は世界でも最も急激な株価上昇を記録し、5月には久々の高値を付けた。安倍総理はニューヨークに出張の際、証券取引所で「Buy my Abenomics!」と宣言したが、内外の投資家はそれ以前から「日本買い」に動いた。日銀の姿勢により円は久々に円安方向に決定的に舵を切り替え、プラザ合意以来30年続いた円高傾向に終止符を打った。円安株高は相乗効果を生みつつ進展し、日経平均は6月以降一時調整したが、11月以降再度上昇気流に乗り、この原稿執筆時には年初来高値をうかがう情勢である。
 安倍政権はアベノミクスの効果が大企業や投資家のみで終わるのではなく、中小企業の収益や従業員・労働者の賃金に波及させるべく、政府挙げて企業に働きかけるなどの音頭を取った。その結果、ボーナスの増額から始まり基本給の改善が徐々に浸透しつつある。大企業から中小企業へのドミノ効果も見られるようになった。
 我が国経済の信頼性を保持するために、財政規律の維持や消費税引き上げなど国民の負担が重くなる政策も実行されているが、デフレ脱却に成功し経済が成長すれば、いずれお釣りがくる。


成功しつつある安倍首脳外交

 安倍総理の「首脳外交」も見事である。就任後1年少々の間にASEAN加盟の10ヵ国全部やインド、欧米主要国、中東諸国を訪問し、またマルチの首脳会議でも存在感を発揮している。プーチン大統領とは4回も会談した。12月には、日本・アセアン関係40周年を記念して、東京にアセアン諸国首脳を招致して首脳会談を開催した。これは我が国とアセアンの古く友好的な関係を象徴するもので、米国は勿論、中国、韓国などには追随できないものである。
 過去において、日本の総理大臣は顔もわからず名前も覚えてもらえず、ルーピーと馬鹿にされた総理もいた。しかし、安倍総理ですっかり変わった。
 残念なのは、中国と韓国が、またぞろ歴史認識を持ち出して首脳会談を避けていることである。しかし、現在の中韓の批判、特に韓国の批判の殆どは的外れか、我が国の極端な少数意見に過剰反応しているか、どちらかである。日本を受け身に追いやって外交上・道義上の優位に立とうとする政策意図が見え隠れする。
 また、韓国の場合には、自国の歪んだ対日コンプレックスと自己本位の歴史認識を我が国に強要しようとするものである。絶対に譲歩すべきでない。
 それにしても、中国の脅威の増大は気にかかる。尖閣諸島への中国艦船の恒常的な侵入に加え、尖閣上空を含む一方的な防空識別圏の設定など、軍事的圧力を強化させている。経済面や人的交流面では多少の空気の変化が読み取れないわけではないが、あたかも安倍政権を真綿で締めようとするようなアプローチである。
 しかし、安倍総理以下日本の政治家は、怯んではならない。尖閣諸島に関する歴史的・法的正当性は我が国にある。国際的な理解、支援もある。
 我が国の積年の外交と経済協力などの努力は、世界中に日本への理解と支援の根を張っている。国連加盟国192ヵ国のうち我が国に批判的なのは、中国、韓国、北朝鮮だけである。朝日新聞などはすぐに「歴史認識でアジア諸国も対日批判」等と書くが、事態はまったく逆であり、ASEAN諸国、モンゴル、インドほかアジア諸国は、かつてはともかくこの数十年来は、全て親日的であり事情をよく理解している。
 第2次大戦後、欧米の旧宗主国から独立したアジア諸国の多くは、インド、インドネシア、ベトナムを始め、我が国が太平洋戦争で欧米列強と戦い負けはしたものの、英国、フランス、オランダなどの宗主国勢力を弱体させ、結果的に民族の独立を助けたことになった事実をよく知っている。
 かつての我が国の中国大陸への侵攻や欧米諸国との無謀な戦争を批判したアジア人はいるが、独立以来、彼らは過去よりも現代の日本を見ている。少なくとも戦後の我が国は、平和国家としてアジアや世界の平和に貢献し、また発展途上国の国づくりや人づくりにODAなどを通じて貢献を行ったことをよくわかっている。


安倍政権の課題と注文

 安倍内閣は、昨年12月に閉会した臨時国会において、国家安全保障会議設置法改正案の採択を果たし、国家安全保障会議を米国型のものに改正した。本年初めには、内閣官房に首相直属の国家安全保障局(日本版NSC)を発足させ、各省庁の上に立って外交安全保障政策の情報収集分析および政策立案の最高権限を総理官邸に集約した。更に、臨時国会では、国家安全保障法と裏腹の関係にある特定秘密保護法も通過させた。後者については、野党の執拗な抵抗、リベラルというより左翼的マスコミの意図的な反対キャンペーン、マスコミの誇張や曲解に踊らせられた感のあるデモや法律の趣旨を理解できない一部文化人などが反対したが、不退転の意思で克服した。安倍内閣の支持率は多少影響を受けたが、依然50%以上を確保している。
 一般の国民は、一部マスコミなどに踊らされず、冷静に事態を判断したと解釈される。

 今後の重要課題には、以下のようなものがある。
① まずは経済だ。デフレからの脱却を果たし、成長戦略を完全に軌道に乗せ加速させる。補正予算から通常予算まで切れ目のない財政政策と、より大胆な規制緩和、構造改革である。安倍総理と官邸は相当な指導力を発揮しているが、自民党は相変わらず既得権益にしがみつく議員が多く、一枚岩ではない。公明党も現実的政党になりつつあるとはいえ、自民党とは多くの点で異なる。4月にはいよいよ消費税が上がるが、その負の影響を克服する必要がある。国民が経済成長の恩恵を受け始めた、雇用が増大し給与も増えたと実感できるような施策を急ぐべきである。
② 当面の脅威は、増大する軍事力を実際に我が国周辺や西太平洋に投影する意図を益々はっきりさせてきた中国である。尖閣周辺水域での中国艦船の侵入や一方的に設定した中国の防空識別圏での航空機の活動が危惧される。自衛力と海上保安能力双方の強化が喫緊の課題である。安倍総理はこれをよく理解し、予算の優先配分を行っているが、まだ十分ではない。
③ 外交面では、まずは日米同盟の強化だ。オバマ政権は、日本と中国との関係で「あいまい」な態度をとって煮え切らない。鳩山元総理の迷走により、それまでの14年間に亘る自民党政権の沖縄への支援や普天間基地移転のモメンタムは後退してしまった。謂わば、新規まき直しが必要だ。沖縄周辺を巡る安全保障環境は、以前よりはるかに悪化している。沖縄県民の多くも、それを実感しているはずだ。その意味でも、早急に普天間基地問題を決着させる必要がある。沖縄の負担軽減策や予算面での支援は勿論であるが、名護市長選挙での移転支持派市長の誕生、沖縄県知事による海面埋め立ての許可取得に向けて、政権を挙げて努力する必要がある。機は熟しつつあるように思える。
 中韓両国との首脳会談は、すぐには実現しないであろう。安倍総理は「いつでも門戸を開いている」と言っており、その姿勢は正しい。卑屈な姿勢にならずに、時を待つのがよい。
 朴槿恵韓国大統領は我が国が頭を下げるのを待っているようだが、放っておけばよい。父の朴正煕大統領が成し遂げた日韓基本条約を無視する様な過去の蒸し返しに固執している。これだけ慰安婦問題など過去にこだわり、どこに行っても日本批判や告げ口をする韓国大統領は、初めてである。
 我が国の外交は、長い間、韓国に対して価値観の共有、北朝鮮への対応などを理由に謂わば「宥和政策」(Appeasement)をとってきたが、今の韓国にはもうその必要はない。取り敢えずは、韓国政府の批判にはいちいち反応せずに無視するのがよい。尤も、米国内や国際場裏において対日批判を繰り返す韓国に対しては、もっと大きな予算と人を割いて、我が国の立場を伝えるようなキャンペーンやロビーイングを行うべきである。安倍総理ほか政府要人は、機会あるごとに国際社会に対し我が国の立場を説明することを厭ってはならない。
 尚、北朝鮮では、ナンバー2の張成沢が失脚し、金正恩の独裁体制が強化される兆しがある。我が国としても懸念するところであるが、いっそのこと、小泉元総理のように、韓国を飛ばして北朝鮮との非公式ルートで関係改善の糸口を探るのはどうか。北朝鮮は反日ではあるが、我が国との国交正常化は、対米関係の改善に次ぐ重要目標である。拉致問題の最終解決と併せて、今一度北朝鮮との接点を探るのも有益であろう。劇薬ではあるが、韓国にとっては頂門の一針になるかもしれない。
 北朝鮮は、小泉元総理がそうであったように、強力で国民的支持の高い政権でなければ相手をしない。安倍政権が更に国民的支持を集め、安倍総理の地位が安泰になるにつれて、北朝鮮の関心は大きくなるであろう。
④  安倍内閣は武器輸出三原則の改定を行い、更に集団的自衛権を確立する課題を抱えている。この2つは、反対があってもいずれ実現するであろう。憲法改正も、安倍総理の悲願であろう。しかし、筆者は、憲法改正についてはあまり急ぐべきでないと考える。憲法改正への国民的理解は進んでおり、筆者も憲法改正論者のはしくれであるが、法的ハードルは高く国民の心理的抵抗感も小さくない。大変な政治力とエネルギーを要する。
 まずは経済の再建、次いで外交面での成果を上げ、政治基盤の強化(特に長期政権の確保)と国民の啓発を十分に行った上でとりかかるべきである。拙速は政権を危殆にさらす可能性がある。憲法改正は長年の課題であるが、一刻も猶予のならないものではない。
⑤ 最後に、安倍総理は、もっと国民に直接語りかけるべきである。安倍総理は、特定秘密保護法の国会通過後の記者会見において、自分でも説明不足であったと認めたが、国民への発信・啓発はもっと頻繁に行うべきである。記者会見はできれば1週間に1度、テレビや雑誌のインタビューも可能な限り行うべきである。
 筆者は拙書「首脳外交:首相あなた自身がメッセージです!」(2008年NHK生活人新書)などあらゆる機会に、首脳自らの発信の重要性を強調してきた。安倍総理は良く理解しているようだが、総理自身も周辺も、広報啓発にはより積極的になることが求められる。

 我が国の前途は容易ではないが、日本にとっては久々の強力かつまともな考えの総理の出現である。国民の強い輿望を担っているのであるから、大胆に出るところは大胆に、しかし慎重を要することには慎重に、巧妙に政策運営に当たってもらいたいと思う。
 幸い健康状態は良いように見受けられるが、総理の座、特に難局にある総理の座は、身を削るような厳しさがある。御自愛を切に祈るものである。


 [日本戦略研究フォーラム「季報」(2014年1月号)より転載]

(注)なお、本稿は、12月末の仲井間沖縄県知事による普天間基地移転のための辺野古沖埋め立ての許可、および安倍総理の靖国参拝の前に書かれたものである。

 

平林 博

平林 博   日本国際フォーラム副理事長

 1940年東京生まれ。東京大学卒業後、1963年外務省入省。1991年から2007年までに、在米国日本大使館経済公使、次いで同大使館特命全権公使、外務省経済協力局長、総理官邸の内閣外政審議室長、駐インド特命全権大使、駐フランス特命全権大使、査察大使をそれぞれ歴任。現在、グローバル・フォーラム常任世話人、東アジア共同体評議会議長、日印協会理事長等を兼任。