平林 博 副理事長 「日本から見た世界 世界から見た日本」

第15話
『世界女性リーダー論―日本は後進国か』

2012年 6月15日
日本国際フォーラム副理事長 平林 博

 

 わが国においては、国政に従事する女性政治家の数が少なく、首相に至っては過去一人もいない。欧米先進国はもとより、アジアや中南米などの途上国においても、女性のトップリーダーはあちこちで輩出している。
 現在、女性首脳で目立つところは、ドイツのメルケル首相、オーストラリアのギラード首相、タイのインラック首相、ブラジルのルセフ大統領、あまり目立たないが、インドのパティル大統領、アルゼンチンのフェルナンデス大統領、コスタリカのチンチジャ大統領、リトアニアのグリバウスカイテ大統領、リベリアのサーリーフ大統領などである。政党指導者としては、韓国のパク・クネ・セヌリ党非常対策委員長、インドのソニア・ガンジー国民会議派党首、ミャンマーのアウン・サン・スーチー国民民主連盟議長等が、政権交代の可能性や民主化の進展との観点から注目されている。
 過去においては、11年間英国の首相をつとめ、「鉄の女」と称されたサッチャー首相が傑出しているが、アジアにおいても、フィリピンのアヨロ大統領およびアキノ大統領、インドネシアのメガワティ大統領、バングラデシュのジア首相およびハシナ首相、パキスタンのブトー首相(同首相の父も首相経験)、スリランカのバンダラナイケ首相およびクマラトゥンガ大統領などを輩出している。米国は意外と保守的であり、大統領はもとより副大統領も、まだ女性は経験者がいない。かつてのライス夫人と現在のクリントン夫人の国務長官が最高の政治ポストである。
 もっとも、途上国の女性リーダーの多くは、父親や夫が大統領や首相であった。これは、本人の政治的資質もさることながら、父や夫のカリスマ性を世襲したものであり、中には暗殺された夫の「弔い合戦」としてリーダーに担がれたものも少なくない。国民は、強力な国家指導者へのあこがれや期待、暗殺された指導者の娘や息子への同情や忠誠心によって動かされる面が少なくない。従って、女性首相や大統領などの輩出は、必ずしも民主主義が成熟していることの証にはならない。
 例えば、フィリピンの大統領は、アヨロ夫人がマカパガル大統領の娘、コラソン・アキノ夫人は暗殺されたベニグノ・アキノの未亡人であったし、大統領ではないがマルコス夫人は夫の権威のもとで権勢をふるった。インドネシアのメガワティ大統領は、初代スカルノ元大統領の娘であった。バングラデシュのジア首相とハシナ首相はそれぞれジアウル・ラーマン元首相の娘、暗殺されたムジブル・ラーマン大統領の娘であり、父親の代からお互いに政敵であった。
 インドのソニア・ガンジー夫人は元イタリア人であるがラジブ・ガンジーと結婚してインドに帰化し、ラジブ首相暗殺後は国民会議派の領袖となった。現在、首相の座はマンモハン・シンに譲っているが、党の実権はソニア夫人と息子のラフール(党の幹事長)が握っている。
 インドについていえば、独立後の首相は、ジャワハルラル・ネルー首相の後は娘のインディラ・ガンジー首相、彼女が暗殺されると長男のラジブ・ガンジー首相と続いて、ネルー・ガンジー王朝等と揶揄される。その後も、ソニア・ガンジー夫人 次いで息子のラフール・ガンジーへの期待が高く、「最大の民主主義」といわれるインドにおいても世襲政治家の系譜は多々存在するのである。
 スリランカのクマラトウンガ夫人はまず首相、次いで大統領をつとめたが、世界初の女性首相シリマヴォ・バンダラナイケ夫人の娘であり、父も夫も弟も政治家という出自であった。母のバンダラナイケ首相も、夫ソロモン・バンダラナイケの暗殺後に政界に転じたのであった。パキスタンのベナジール・ブットー首相は、軍事クーデターで処刑されたズルフィカール・ブットー大統領の娘であり、2007年に暗殺されたが、その夫アーシフ・ザルダリは現在大統領である。
 わが国は女性首相を近い将来に誕生させる可能性はない。それどころか、国会議員の数は、11.3%であり、先進諸国と比べ物にならず、韓国の14.7%にも及ばない。与党の民主党では、年次的にも経験数からいっても、党の代表ましてや首相の候補となる女性政治家はいない。野党自民党においても、小池百合子氏のほか、いずれかの時期の候補とし野田聖子氏、小渕優子氏等の名が、時にうわさされる程度である。かつては、社会党の土井たか子氏が衆議院議長、自民党の林寛子氏(扇千景)が参議院議長となったが、その後を追う者はいない。わが国の政治風土では、女性政治家は大きなハンディキャップを負っている。
 わが国においては、男女を問わず二世、三世政治家の数が多く、政治家が家業となっている感すらある。特に、自民党とそこから派生した党(みんなの党、立ち上がれ日本)や民主党内の旧自民党政治家に、その例が多い。個々の世襲政治家の質や力はピンからキリであり、世襲の是非は簡単には論じられないが、全体として見ると、選挙制度や政党のあり方など制度がどこかおかしい結果であり、「機会の平等」が損なわれている。一言で言えば、民主主義の後進性である。中国でも、共産党の高級幹部の子弟が政治家となって「太子党」と呼ばれる特権グループを構成しており、多くの批判を浴びている。また、中国では、女性政治家も少なく、政治局入りすることはさらに難しい。
 わが国は中国と違い民主主義国であるが、女性政治家が少ないことや世襲政治家が多いことは、残念ながら民主主義が十分には成熟していないことの一つの現象であるように思えてならない。


[「自警」2012年6月号「日本から見た世界 世界から見た日本 第15話」より転載]

>>バックナンバーはこちら

 

平林 博

平林 博   日本国際フォーラム副理事長

 1940年東京生まれ。東京大学卒業後、1963年外務省入省。1991年から2007年までに、在米国日本大使館経済公使、次いで同大使館特命全権公使、外務省経済協力局長、総理官邸の内閣外政審議室長、駐インド特命全権大使、駐フランス特命全権大使、査察大使をそれぞれ歴任。現在、グローバル・フォーラム常任世話人、東アジア共同体評議会常任副議長、日印協会理事長等を兼任。