国際政経懇話会

第323回国際政経懇話会メモ
「米中経済摩擦」

令和2年8月26日(水)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会

第323回国際政経懇話会は、関志雄野村資本市場研究所シニアフェローを講師に迎え、「米中経済摩擦」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

1.日 時:令和2年8月26日(水)午後3時から午後4時半まで
2.開催方法:オンライン形式(ZOOM ウェビナー)
3.テーマ:「米中経済摩擦」
4.講 師:関 志雄 野村資本市場研究所シニアフェロー
5.出席者:23名
6.講話概要

(1)米中貿易戦争

今日の米中貿易戦争には3つの背景がある。①米中貿易不均衡、②中国異質論、③中国脅威論の3点だ。今回の米中貿易摩擦のきっかけは、2018年3月に、米国が通商法301条に基づいた中国を対象とする調査報告を発表したことである。同調査報告は、米中貿易不均衡の原因を中国における不公平な貿易慣行に求めている。これを理由に、米国は、追加関税の実施を中心とする対中制裁策に踏み切った。これに対し、中国側は反発し、その後の両国間の関税切り上げ合戦に象徴されるように、米中貿易摩擦は貿易戦争にエスカレートした。しかも摩擦の対象は、貿易から技術の分野にまで広がっている。その結果、米中間の貿易戦争はハイテク戦争の様相を呈している。また、「中国異質論」では、米国は、中国が社会主義市場経済体制を標榜しながら党と政府による市場への介入は広範囲にわたっており、政府指令を通じて、土地・労働力・エネルギー・資本などの資源配分を支配し、その価格をコントロールしていることを批判している。そして、「中国脅威論」では、米国は台頭する中国が米国の覇権への挑戦者としてとらえている。『人民日報』によると、ある国の経済規模が米国の60%に達し、且つ勢いよく成長し続け、米国を追い越そうとする可能性が現れた場合、米国はあらゆる手段を使ってその国を潰そうとする(いわゆる「60%ルール」)。かつて米国がソ連に対して冷戦を発動し、ソ連を崩壊させたことや、1980年代急速に台頭する日本に対して自主輸出規制やプラザ合意とそれに伴う円高を受け入れさせて、日本を失われた20年に陥れたことなどを挙げ、現在、中国が新しい標的になっているという。

(2)米中ハイテク戦争

米国は、安全保障上の懸念を理由に、中国資本による米国ハイテク企業の買収を阻止しようとしている。2018年8月31日には、外国企業の対米投資を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化する「外国投資リスク審査近代化法」(FIRRMA)がトランプ大統領の署名により成立した。その結果、CFIUSによる審査が厳しくなり、中国企業による米国のハイテク企業の買収はほとんど止まっている。

また、米国は、国家安全保障上のリスクがあることを理由に、米国から中国のIT企業を排除しようとしている。米国はファーウェイをはじめとする通信機器メーカーをグローバル・サプライチェーンの部品調達と販売の両側から切り離す措置を次々打ち出している。米中ハイテク戦争において、米国政府は「クリーン・パス」構想と「クリーンネットワーク」構想を進めている。その狙いは中国のハイテク産業を世界のネットワークから完全に排除することと考えられる。

「クリーン・パス」構想では、ファーウェイやZTEなど「信頼できないベンダー」からの機器・サービスが排除の対象となる。また、「クリーンネットワーク」構想は、①クリーンキャリア、②クリーンストア、③クリーンアップス、④クリーンクラウド、⑤クリーンケーブルの5つの項目に分けられる。①クリーンキャリアは、中国の「信頼できない通信キャリア」を米国の通信ネットワークに接続させないこと、②クリーンストアは、TikTokやウィーチャットなど中国製の「信頼できないアプリ」を米国のアプリストアから排除すること、③クリーンアップスは、ファーウェイなど「信頼できない中国のスマホメーカー」の製品で、米国製アプリを利用できなくさせること、④クリーンクラウドは、アリババ・バイドゥ・テンセントなどの中国企業が米国のクラウドにアクセスするのを防ぐこと、⑤クリーンケーブルは、中国と各国のインターネットを繋げる海底ケーブルが、中国共産党の情報収集に使われないようにすることを目標としている。

(3)対中関与からデカップリング(切り離し)へ

中国が欧米と異なる政治経済体制を維持しながら、経済大国として台頭してきたことを背景に、米国は対中政策を「関与」から「デカップリング」に転換している。関与政策の下では、米国は中国の経済発展を支援し、これを通じて中国の政治体制を変えていく和平演変政策を取ってきたが、この政策は失敗した。これに対して、デカップリング政策の下、中国の台頭を抑えるために、米国政府は二国間貿易、投資、技術、人の流れを制限している。対中技術移転を制限することは、対中関税の引き上げと共に、デカップリングの主要な手段となっている。また、近年では、デジタル分野に限らず金融分野におけるデカップリングも視野に入ってきている。

中国から始まった新型コロナウイルスの感染拡大が米国に及んでいることを背景に、米国では、中国に対する責任追及の声が高まっていると同時に、次の理由から中国脅威論が一層強まっている。第一に、中国は都市封鎖など厳しい対応を取ったため、米国など他の国よりも一歩先に経済活動が正常化に向かっており、中国のGDP規模が米国に急接近していること、第二に、米国が大量の医療設備や医薬品の供給を中国に頼っている現状から、中国が有事の際に米国への戦略的物資提供を拒否すれば、米国の安全保障が脅かされることになるのではないかという懸念の増加、そして第三に、体制間の競争が米中間の対立の一因になっているが、今回のパンデミックの対応において「中国モデル」は「米国モデル」より一歩リードする格好となっていること、などが挙げられる。

(4)米国の孤立路線

マーシャルプラン設計の国際経済学者キンドルバーガーは、大恐慌や世界大戦の原因として、1930年代にイギリスから覇権交替した米国が、世界的な安全保障システム、国際通貨・金融システム、自由貿易システムといった国際公共財を提供するという役割を引き受けていなかった故に世界システムが崩壊したことを挙げている。現在、衰退する覇権国としての米国は、世界保健機構(WHO)、環太平洋経済連携協定(TPP)、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」、イランの核開発阻止に向けた包括合意からの離脱、国連教育科学文化機関(ユネスコ)からの脱退、中距離核戦力(INF)全廃条約の破棄などに象徴されるように、孤立路線に走っている。今後、米国が大恐慌や世界大戦が起こった時と同じように、孤立路線化に突き進むことで、国際公共財の不足が深刻化し、国際秩序が動揺し、世界経済が「キンドルバーガーの罠」に陥るとハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が警告している。

(文責、在事務局)