国際政経懇話会

第307回国際政経懇話会メモ
「質的に変わる国際情勢と日露関係」

袴田茂樹新潟県立大学教授

平成30年10月19日(金)
公益財団法人 日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会

 第307回国際政経懇話会は、袴田茂樹日本国際フォーラム評議員・上席研究員/新潟県立大学教授を講師に迎え、「質的に変わる国際情勢と日露関係」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

1.日 時:平成30年10月19日(金)午前11時45分より午後1時45分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室(チュリス赤坂8階803号室)
3.テーマ:「質的に変わる国際情勢と日露関係」
4.講 師:袴田茂樹日本国際フォーラム評議員・上席研究員/新潟県立大学教授
5.出席者:23名
6.講話概要

(1)「東方経済フォーラム」におけるプーチン発言の真意とは

 ロシアのウラジオストクで今年9月に開催された「東方経済フォーラム」において、プーチン露大統領は、安倍晋三首相や中国の習近平国家主席らを前に突然、前提条件なしでの日露平和条約の年内締結を提案し、日本政府のみならず日本国民を困惑させた。私はついにプーチン大統領が本音を漏らしたと感じた。北方4島についてプーチン大統領は、以前は「4島の帰属問題を解決して平和条約を締結する」とした東京宣言を認めていた。ロシア側は現在、東京宣言に署名(1993年)したことを平和条約交渉の最大の失敗と見ている。そこで、東京宣言を否定するため、両国の国会で批准され法的効力を持つのは「56年宣言」だけという言い方をしている。しかし、プーチン大統領自身、2001年の「イルクーツク声明」や2003年の「日露行動計画」などでは、東京宣言が平和条約締結のための重要な合意だと認めている。今さら国会の批准がないために東京宣言が無効と主張するのはナンセンスである。ちなみに日本でも露側の論理に沿い、東京宣言を無視する専門家が多い。今回のプーチン大統領の発言は、日本に対して、現実には領土問題解決の意思はない、と言ったに等しい。

(2)北方4島に関する原理原則と日本の対露交渉

 北方4島に関しては、2016年10月3日の衆議院予算委員会で民進党(当時)の前原誠司衆議院議員が、岸田文雄外務大臣(当時)に「『4島の帰属問題の解決』と言われるが、これは日本への帰属か?」と質問した。この質問に対して、岸田外相は、言葉を濁し、「4島は日本の島である」、そして「4島の帰属問題を解決して平和条約を結ぶために努力している」と2段階に分けて説明した。それに対し、前原氏が「なぜ2つに分けて説明するのか。私は4島の帰属とは日本への帰属かと聞いているだけだ」と問い詰めたことがあった。議論がこのような展開になったのは、北方領土問題の「原理原則の問題」と「対露交渉の基本方針」が理論的には2段構えに区別されているが故に他ならない。「原理原則の問題」としては、歴史的にも法的にも4島は日本の島、日本固有の領土だ。しかし、交渉にあたってこれを前提にすれば、相手が交渉のテーブルに着くはずはない。したがって、交渉の基本方針を別にしているのである。この際、「帰属」という言葉は本来、ニュートラルな表現で、「返還」という意味ではない。しかし最近は「返還」という意味で誤用されるケースが増えている。ここに混乱が生じている。

(3)ロシア国家のアイデンティティとプーチンの先祖返り

 現在のロシア国民の、国民的な原体験とも言える最も強烈な体験は、ソ連邦の崩壊とそれに続く1990年代の政治・経済面での混乱と貧困である。ロシアはソ連時代、米国と覇を競った超大国であり、ロシア人には誇りや自信があった。しかし、90年代には米国を筆頭に世界の国々に「対露支援」を乞わざるを得ない屈辱的な状況に陥った。こうした中、2008年のグルジア戦争を境に、ロシアの帝国主義的な体制が復活したと言われるが、それは間違いだ。私が知る限り、2003年にはすでにこうした動きが起きていた。その後、2014年3月の「クリミア併合」やシリア問題などにより欧米諸国の対露制裁が強まると、ロシアは外の世界に対する被包囲意識や被害者意識を強めた。最近、プーチン大統領はよく、アレクサンドル3世の言葉である、「我々には友人も同盟国も必要ない。最良の同盟国でも我々を裏切るからだ。ロシアには信頼できる同盟者は2つしかいない。ロシアの陸軍と海軍である」を称賛しクリミアに彼の記念碑を建立ているが、こうした事実は日本ではほとんど報道されていない。

(4)プーチンの高い支持率の背景と支持率の急降下

 ロシアでのプーチン大統領の支持率は2018年5月時点で80数%を保っている。2014年3月のクリミア併合を機に、プーチン大統領は「失った領土を取り戻した偉大な大統領」ということで、支持率が急騰した。プーチン大統領の支持率はこのように、ロシア国民の大国主義的なナショナリズムを満足させたがゆえに上昇したものといえる。また、プーチン大統領は、毎年の「国民とのテレビ対話」を「直訴」の場に演出して、伝統のツァーリ信仰の心理を利用し、権威主義体制を強めていることも、支持率を維持できる要因となっている。しかし、ここ最近、ロシアのプーチン大統領の支持率が急降下する事態になった。その主な原因は、年金受給開始年齢の引き上げである。今回の改革により、男性で現在の60歳から65歳、女性で55歳から60歳へと段階的に引き上げられる事になり、国民の間での不満が爆発し、ロシア各地で異例の街頭抗議デモなどが起きている。

(5)日本の対外発信の脆弱性

 日本の対外発信のあり方を見て、歯がゆい思いをすることが少なくない。例えば、プーチン大統領が訪日した際の日露両首脳の共同記者会見録については、全文がロシア大統領府のウェブサイトに公開されているが、日本の場合、その一部分しか公開されていない。また、先般の「東方経済フォーラム」での安倍首相の発言についても、安倍首相の最初のスピーチ部分しか(その後、各国と領土問題について話し合いがなされ首相も何回も発言したにも関わらず)官邸のサイトには掲載されていない。こうした状況では、日本の主張や立場を海外に対して十分に発信することができない。今後、日本としては、日本の立場や見解を日本語に加えて、主要国の言語で発信する機会をもっと増やす必要がある。ロシア人は擦寄る相手ではなく緊張感を与える相手を尊敬することを、我々は認識すべきだ。

(文責、在事務局)