国家戦略研究会
国家戦略研究会第5回定例研究会メモ

2009年3月11日
財団法人日本国際フォーラム

 当フォーラム国家戦略研究会は、渡部恒雄東京財団研究員(本研究会メンバー)を報告者に迎え、「米国新政権下での国家戦略の変化と日本」と題して、その第5回定例研究会を開催したところ、その概要はつぎのとおり。

1.日 時:2009年3月11日(水)午後6時30分~午後9時
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.報告者:渡部 恒雄 東京財団研究員
4.テーマ:「米国新政権下での国家戦略の変化と日本」
6.出席者:下記11名(●は発言者)

座長   ●伊藤 憲一 日本国際フォーラム理事長
主査   ●神谷 万丈 防衛大学校教授
幹事   ●村上 正泰 日本国際フォーラム所長
メンバー   ●秋山 信将 一橋大学准教授
●青木 節子 慶應義塾大学准教授
●上杉 勇司 広島大学准教授
●梅本 和義 外務省北米局長
●小笠原高雪 山梨学院大学教授
●笹島 雅彦 読売新聞社調査研究本部主任研員
●渡部 恒雄 東京財団研究員
ゲスト   ●小野 日子 外務省総合外交政策局政策企画室長

6.概要

渡部恒雄メンバーによる基調報告

 冒頭、渡部恒雄メンバーより、60分間にわたり下記のとおりの(別紙の基調報告「米国新政権下での国家戦略の変化と日本」原稿に沿った)内容の基調報告が行われた。

 オバマ新政権は、ブッシュ前政権は「イデオロギー」が強く、現実から乖離した状況判断と対処を繰り返した結果、大きな戦略的失敗を犯したと考えている。イラクとアフガニスタンにおける戦争と復興支援が難航し、イラクに約14万の陸上兵力、アフガニスタンに3万人の駐留兵力を送っているために、自由に動かせる兵力が限定され、他地域での米国の抑止力が低下するという問題を引き起こしている。北朝鮮とイランの核開発への邁進や、ロシアのグルジア侵攻などの国際世論に反する行為は、米国の余力のなさによる介入の可能性の低さを計算して行動していると考えられる。イラク開戦時の国連での手続きを軽視する行為やいわゆる「ブッシュ・ドクトリン」に代表されるユニラテラリズム(単独行動主義)は、米国の世界における正統性と信頼を大きく損なった。
 米国内外でブッシュ政権の国家戦略の批判の中心に位置するのが、「選択できた戦争」(war of choice)と批判されるイラク開戦である。この失敗の原因は、問題が複合的であることと、イラクでの軍事作戦が継続していること、政権交代したばかりであること、ブッシュ政権が情報開示に消極的なことなどから、情報が限定されており、現時点で確定的なことは議論できないが、米国内の政策コミュニティーには、イラク戦争の失敗の構図については一定のコンセンサスが共有されている。
 伊藤憲一座長は、本研究会第2回定例研究会において、「①情報収集→②情報分析→③状況判断→④問題設定→⑤戦略策定」という戦略論の論理連鎖を提示し、「戦略論の論理連鎖において、前段階抜きでいきなり後段階に入り、その結論を出すとすれば、それ自体が戦略的思考の不在になる」と指摘しているが、この指摘はブッシュ政権のイラク開戦についても当てはまる。
 イラク開戦の最大の名分はイラク国内における大量破壊兵器の開発であったが、その情報収集の段階ではCIAや他国のインテリジェンスはそれなりに必要な留保をつけて情報を送っており、むしろブッシュ政権が「開戦」を前提として、それなりの情報処理をしたために、怪しい情報でも「目をつぶって」使用したという側面がある。伊藤座長の指摘する「観念主義」と「べき論の介入」、つまりこのケースでは「イラク開戦ありき」が引き起こした問題だと言える。オバマ政権がブッシュ政権を「イデオロギーが強く、思い込みで政策を判断する」と批判しているのは、この文脈においてである。
 また、開戦の大義名分はイラクの大量破壊兵器の存在ではあったが、ブッシュ政権の中枢には、むしろサダム・フセイン大統領の封じ込めを継続するのは難しく、体制転覆を行って親米政権を樹立し、中東地域への橋頭保を作りたいというグランド・デザインがあったと考えられる。しかし、現実主義者の認識としては、スコークロフト元国家安全保障担当大統領補佐官のように、イラクは封じ込め可能という判断をするものも少数派ではなかった。ブッシュ政権においては、イラクに一刻も早く侵攻すべきか否かという「問題設定」に至るまでに、数段階の論理の飛躍や意図的な捻じ曲げがあった。たとえイラクの大p量破壊兵器を開発しているとの情報を前提に情勢分析をしたとしても、テロ対策と国際協調の優先やサダム・フセインの意図の分析からすれば、イラク開戦のタイミングを遅らし、アフガニスタンが落ち着いてから、イラクに対処するという選択肢も十分に考えられ、そのほうがより安定した結果が得られていたと想像される。「戦略策定」についても、米国自身の安全保障という究極の戦略目標が念頭にあれば、米国への差し迫った脅威として対処すべき優先順位は、サダム・フセインよりアルカイーダのほうがはるかに高いという認識となり、イラク開戦という選択の優先順位も低くなったはずである。また、戦略目標を中東地域の安定化という点に置いたとしても、イラクの民主化と親米政権の樹立が中東地域の安定化に大きく寄与しないことは専門家の間ではすでに指摘されていた。実際、治安の比較的安定し民主化が進んだイラクの存在にもかかわらず、むしろイスラエルとパレスチナの紛争やアフガニスタンやパキスタンでのテロが激化している。
 オバマ政権の戦略は、ブッシュ政権のイラクでの戦略的失敗を踏まえたものとなっている。オバマ大統領の当初からの公約と主張の一つが、現在約14万人の陸上兵力を派遣しているイラクからの米軍の撤退である。具体的には2010年8月までの18カ月間で9万人以上減らしてすべての旅団戦闘団を撤退させる計画を発表している。また、アフガニスタンには1万7千人の兵力を増派する計画を立てている。オバマ大統領は、イラク侵攻に膨大なリソースを使う前にアフガニスタンでの作戦に注力すべきであり、イラク戦争は「必要のない戦争」であったという認識を持っている。
 オバマ政権の戦略的な方向性は、イデオロギーを排し、現実的(realistic)かつ実用的(pragmatic)に物事に対処するというものである。そして、国際協調や他国へのリアシュアランスも視野に入れた「スマートパワー」(ハードパワーとソフトパワーの効果的な組み合わせ)的な総合的戦略が、政策をガイドすることになると思われる。今後のイラクからの撤兵や、治安安定までの道筋がまったく読めないアフガニスタンへの対処において、オバマ政権の戦略ガイドラインは「純粋な軍事的な成功はあり得ない」(ゲーツ国防長官の議会証言)という現実認識である。これにより、紛争地域の諸勢力との駆け引きや周辺国との外交、同盟国との協力という外交要素が政策の中心として脚光を浴びている。
  ブッシュ政権における覇権志向的な一国主義的な行動は、日本のように政治上、憲法上の理由で軍事力の行使が極めて制限されている特殊な国には、意外に対処しやすかった。しかも、ブッシュ政権の同盟国への対処は、有志連合の形成をみても、きわめてバイラテラルな傾向があった。その点でも、日本の特殊状況を勘案しやすいブッシュ政権のバイラテラル志向の態度は、日本にとって同盟への負担を最小にし、受益を最大にする効果があった。しかし、オバマ政権が今後目指す方向性は、多国間アプローチという志向が予想される。日本の選択としては、日米中によるアジアと世界のマネージメントという文脈の中で、イニシアティブを発揮する必要が出てくるだろう。冷戦期、あるいは米国の優位性が圧倒的な存在感をもっていた状況では、日本の果たす義務と存在感は、日米同盟というバイラテラルな関係の維持で良かったが、米国の相対的な力の低下とオフショア・バランシング的な志向の下では、日本のアジアにおける積極的なリーダーシップ、しかも中国との対立的なものではなく、同時に中国の存在感を牽制するものが期待される。米国の日本に対する期待としては、軍事的には中国へのカウンター・バランサーというヘッジ役が期待されると同時に、途上国援助などの外交面でも、アジアと世界へのソフトパワー的な影響力を中国とバランスしながら拡大していくことが期待されるかもしれない。日本にとっては、自立的な外交・安全保障への脱皮への試練でもあり、絶好の機会とも言える。

座長コメント

 渡部恒雄メンバーからの上記基調報告に対し、伊藤憲一座長よりつぎのようなコメントがあった。
 「ブッシュ政権のイラク開戦に至る意思決定過程を見ると、戦前の日本の真珠湾攻撃に至るプロセスと同じで、すべての段階で失敗を積み重ねていたと言えるだろう。しかし、あの当時の世界の心理状況を思い起こせば、開戦に反対していたフランスやドイツを含めて、イラクが本当に大量破壊兵器を持っていないと思っていた人が皆無であったことも事実である。もし持っていないのであれば、イラクはすべてをオープンにして、見せればいいのに、逆に国連査察団を追放するなどの行動に出ていた。また、イラク戦争は湾岸戦争の延長であり、その一部であるという認識もあった。そういう状況の中で、米国が行動に出ないで逃げるのであれば、それは第2次大戦前夜の国際連盟と同じような状況となり、世界の平和と安定の維持にとってマイナスになるという認識もあった。それで私は終始イラク戦争を支持してきたけれども、結果としてこの戦争が破滅的なツケを米国だけではなく世界に回したとなれば、失敗であったといわざるを得ない」

出席メンバーによる自由討議

 伊藤憲一座長からの上記コメントに引き続き、出席したメンバーからは下記のような意見が述べられ、活発な議論が繰り広げられた。

(a) 「当時、イラクが核兵器を持っているという情報には否定的であったが、生物・化学兵器はあるだろうと広く考えられていた。結果として間違っていたわけだが、インテリジェンスと言ってもすべてが分かるわけではなく、そうした中でどれだけ正しい政策をやっていけるかが大事な問題である。とくに、米国同時テロ事件後の心理状況の中で、明確に『白』だと言えない時に、政策当局者がどう対応できるかは難しい問題である」

(b) 「イラク開戦だけを取り上げても全体が見えないし、今の段階ではイラク戦争の開戦を誰が決めたのかなどもまだ明らかになっておらず、検証不可能な部分が多いのではないか」

(c) 「戦略論の論理連鎖を考える時、まったくの白紙から情報収集を行うというよりも、ある程度の政策のプライオリティがまずあるのではないか。実際には、⑤の戦略策定が先にあって、それを検証するために①の情報収集を行うという側面もあるはずであり、戦略論の論理連鎖には、ぐるっと輪になっている部分が存在するのではないか」

(d) 「米国の政治学の教科書では、大統領が意思決定プロセスの中でいかにして間違いを減らすかということをいろいろ論じているにもかかわらず、イラク戦争開戦時にはそれらがことごとくなされなかった。情報分析の段階で何か問題が生じていたのではないか」

(e) 「ブッシュ政権がイラク戦争開戦時に犯した失敗は、アメリカの政治システムの中にそのような間違いを犯しやすくなる危険があると見るべきか、それともイデオロギー偏重のブッシュ政権が特異であったのか。その両方の側面があったと考えられるが、きちんと区別して議論する必要があるのではないか」

(f) 「イラク戦争開戦には、当時のアフガニスタン情勢の判断も無視し得ない影響を及ぼしていたのではないか。当時は、ボン会議や東京会議などが開催されて、アフガニスタンの和平と復興の動きが着実に進展しており、うまくいっていると考えられていた。そこでイラク開戦に踏み切ったわけだが、それからアフガニスタン情勢が悪化して、問題が複雑化した」

(g) 「アフガニスタン情勢が悪化したのは、イラク戦争を開戦したからではないか。また、アフガニスタンにおいて秩序を作るのが難しいということは分かっていながら、米国は戦略形成のプロセスを経ないままにイラクにおける攻撃を始めたのではないか」

(h) 「アフガニスタン西部におけるオペレーションでイランと共同して計画を練っていた現場のオペレーションと、そのイランを『悪の枢軸』として名指しするワシントンの動きには、大きな乖離が存在していた。また、米国の政策には、アフガニスタン、イラク、イランの3ヵ国に対する政策で整合性のとれていない側面が強いのではないか」

(i)  「我が国は、米国との関係でどのように振る舞うかではなく、そもそも日本としてどうするかを考えるべきである。そうすることによって日本の価値も高まり、日米同盟の強化にもつながるであろう」

(了)

別紙:渡部恒雄メンバー基調報告原稿