国家戦略研究会
国家戦略研究会第4回定例研究会(メモ)

2008年12月2日
財団法人日本国際フォーラム

 当フォーラム国家戦略研究会は、村上正泰当フォーラム所長(本研究会幹事)を報告者に迎え、「日本における戦略的思考の不在:日本はなぜ対米開戦に突き進んだのか」と題して、その第4回定例研究会を開催したところ、その概要はつぎのとおり。

1.日 時:2008年12月2日(火)午後6時30分~午後9時
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.報告者:村上 正泰 日本国際フォーラム所長
4.テーマ:「日本における戦略的思考の不在:日本はなぜ対米開戦に突き進んだのか」
5.出席者:下記9名(●は発言者)

座長   ●伊藤 憲一 日本国際フォーラム理事長
主査   ●神谷 万丈 防衛大学校教授
幹事   ●村上 正泰 日本国際フォーラム所長
メンバー   ●秋山 信将 一橋大学准教授
●伊藤  剛 明治大学教授
●小笠原高雪 山梨学院大学教授
●笹島 雅彦 読売新聞社調査研究本部主任研員
●宮家 邦彦 AOI外交政策研究代表
●渡部 恒雄 三井物産戦略研究所主任研究員

6.概要

村上正泰幹事による基調報告

 冒頭、村上正泰幹事より、「日本における戦略的思考の不在:日本はなぜ対米開戦に突き進んだのか」と題して60分間にわたり、下記のとおりの(別紙の基調報告原稿に沿った)内容の基調報告が行われた。

 今日の日本の問題は、国家戦略の不在とそれに伴う国際的存在感の低さにある。戦後の日本の戦略論争は、憲法解釈論に終始し、とても戦略論の名に値するものではなかった。憲法9条の前に思考停止に陥り、「消極的平和主義」の既成観念によって呪縛されてきた。その結果、国際社会からは「日本は何をしようとしているのか」と不信の目でみられている。前回、前々回の本研究会の議論のなかで、「不戦時代の到来」という大状況判断が示され、その下において今や日本は「あれもする」「これもする」という「積極的平和主義」に脱皮すべきだ、との判断が示されたが、現実の日本は「である」論ではなく、「べき」論の情勢判断にとらわれていている。「消極的平和主義」は、軍国主義の否定の上に立っているという点で戦前の日本と正反対であるが、戦略的思考の不在という点では何ら変わっておらず、このままでは再び大きなつけを払わねばならなくなるかもしれない。こうした観点から、戦前の日本はどこで何を間違えたかを振り返り、現代への教訓を引き出したい。

 戦前の日本が道を間違えた大きなターニング・ポイントは、1931年の満州事変である。首謀者である関東軍作戦参謀の石原莞爾は「世界最終戦争」としての日米戦争が不可避であるとの大状況判断にもとづき、その前に日本はソ連と戦わなければならず、満州は「対ソ国防の根拠地」であるとして、満州事変を計画し、実行した。当時の現実の世界情勢は、直前の世界大戦の反省を踏まえて九カ国条約や不戦条約に具現された国際協調体制に移行しつつあったが、石原の大状況判断は、そのような現実から目をそらし、精神論や「天意」を根拠に「日本は勝つべきだから、勝つ」という結論先行の非戦略的思考に走っていた。この対極にあったのが幣原喜重郎であるが、その外交は幣原軟弱外交として排除され、日本全体としては盲目的に対米戦争へと突き進んでいった。

 その後、日米対立が決定的になったのは三国同盟締結によってである。このときも日本は大状況判断を誤って、「ドイツは勝つべきだから勝つ」との一方的な思いこみの大状況判断を前提として、他力本願の三国同盟締結へと走った。日本の対米開戦はドイツの最終的勝利を前提にした他力本願の開戦であったから、そうであればあるほど欧州戦争の帰趨に関する情報収集は徹底したものでなければならず、それは一切の思いこみや主観を排したものでなければならなかったにもかかわらず、実際には真剣な情報収集を怠っただけでなく、たまたま入手した「ドイツ危うし」とする情報さえこれをあえて無視するという、戦略的思考の不在の極限を露呈した。独ソ開戦が松岡の「四国協商」構想の破綻を立証した以上は、三国同盟を破棄するという方針転換も考えられたはずだが、「今次作戦は恐らく4週間にて終わるべし」との大島駐ドイツ大使の報告を盲信し、対独追随路線を継続した。真珠湾攻撃にいたる1941年12月第1週においては、独ソ戦争の帰趨につき最後の確認を行なうべきであったし、行なえば、この時点において独ソ両軍が攻守の所を変えつつあったことを察知することは不可能なことではなかった。このころソ連に攻め込んだドイツ軍の前進が止まり、南方軍集団、中央軍集団、北方軍集団を率いる3人の元帥とドイツ陸軍総司令官のブラウヒッチュ元帥が相次いで罷免あるいは辞任していたからである。最高指揮官4人が一斉に第一線から去るという異常事態にまったく反応せず、「ニイタカヤマノボレ」を打電した日本は、取り返しのつかない亡国の道へと突入したのであった。

 また、日本は国際情勢判断だけではなく、自国の国力判断についても戦略的な判断を欠いていた。当時の日米の国力差は大雑把に見ても10対1以上の不利であり、対米勝利の勝ち目はなかったが、ドイツの勝利を想定するほか、日米戦争についても、日本の勝利を可能ならしめるような国力判断の数字合わせを行い、それをもって対米開戦を正当化していった。

 このように戦前の日本は、「である」論ではなく「べき」論によって情報分析や状況判断を行ない、それに基づいて問題設定、戦略策定を行なった。こうした戦略的思考の不在こそが日本の亡国をもたらした、という教訓をわれわれは今こそ学ぶ必要がある。なぜなら、戦略的思考の不在という意味では、それと同じことが「消極的平和主義」という形で戦後日本の外交・安全保障論においても繰り返されているからである。これまでの日本はアメリカに依存することによってうまくやってくることができたが、それは冷戦時代の国際環境がたまたま日本に有利に働いたという幸運による部分が大きかった。これに対し、冷戦後の世界では、国際環境は冷戦時代とは様変わりし、アメリカの行動原理も大きく変化しつつある。もはや戦略的思考不在のまま日本の進路を考えることは、許されないというべきである。

出席メンバーによる自由討議

 村上正泰幹事からの上記基調報告に対し、出席したメンバーからは下記のような意見が述べられ、活発な議論が繰り広げられた。

(a) 「戦略的思考がないために戦前の日本が失敗したというのは、異論はないが、ではなぜ戦前の日本人は戦略的思考ができなかったのか。それを問いたい」

(b) 「戦前の日本にも開戦に反対する人たちはいた。しかし、かれらは結局政策を軌道変更できなかった。米国においては、次期オバマ政権がブッシュ政権の政策を見直そうとしている。政策の修正が可能な政治システムであり、政治に『回復力』がある。国家戦略を問題にする際には、いかなる政治システムを形成しているかも重要である。最終的には民主主義が国家戦略の形成に適したシステムであるといえないか」

(c) 「戦前の日本が『都合の悪い情報は収集しても、無視てしていた』というが、これは決して日本だけのことでなく、アメリカのイラク戦争についても同じことが言えると思う。石原莞爾の世界観を問題にしていたが、当時のアメリカの人種差別に対する抵抗という大義名分はあったと思う。しかし、勝つだけの物理的な能力に欠けていた。他方、アメリカのイラク戦争は、戦闘に勝つ能力があったために、軍事行動では成功をおさめたが、いまだに開戦の理由に疑問を呈され、不都合が生じている。当時の日本にも、今のアメリカにも、良識をもった人はいたと思うが、戦略的思考が十分でない人間が政策決定のトップについている場合、それを修正できるかどうかということを考える必要がある」

(d) 「戦前の日本の問題点として、『責任体制の総崩れ』も問題だったと思う。軍参謀の独走を許し、何の責任も問わなかった。こういう『下克上』が問題だったのではないか」

(e)  「戦前の日本の失敗を踏まえると、今後の日本は、政策立案において異論をシステマチックに取り入れるようなシステムをつくっていくべきではないか」

(f) 「多元主義的な意見を受け入れる土壌が日本には少ないのではないか。日本の官僚機構は無謬神話にとりつかれており、身内が行ったことを否定することをはばかる風潮が目立つ。戦前も戦後も日本は国中が『官僚化』していることが問題ではないか」

(g) 「アメリカでは、外交・安全保障上の大きな問題があれば、超党派のコミッションを創設し、報告書をまとめ、国の政策に役立てているが、日本には、そのようなシステムがないのが問題なのではないか」

(h) 「オックスフォード大学での経験だが、過去の事例を取り上げて、当時の政策決定者を招き、オフレコで吊るし上げのような議論を行うセミナーがあった。日本では、政策決定者に対して、歴史の精査にかけるという意識を植え付けることがないのが問題ではないか」

座長コメント

 上記(2)の自由討議に関連し、伊藤憲一座長よりつぎのようなコメントがあった。 「戦前の日本の意思決定システムを考えると、統帥権の独立を盾に軍部が政府の言うことを聞かず、その軍部も下克上のために佐官級の者たちが独断専行する気風があり、それが真珠湾攻撃などというとんでもない方向に国家全体を導いていったことは、事実だ。これは明治憲法の制度的欠陥であったが、しかし、同じ明治憲法の下でも、日清・日露戦争の頃は、元勲たちが健在で、優れたバランス感覚により政軍関係を取り仕切っていたため、この問題は起こらなかった。しかし、考えてみれば、元勲たちが健在であったとしてもかれらがすべて、またさきほど指摘のあったアメリカ民主主義においても与野党の指導者たちがすべて、戦略的思考の能力を欠いていれば、結果はやはり国を誤ることになる点で変わりはない。またさらに言えば、かりに佐官級の軍人が国政を壟断したとしても、かれらにすぐれた戦略的思考能力が備わっていれば、これほど国を誤ることにはならなかったかもしれない。結局のところ、ある国民が適切な国家戦略を持てるかどうかの問題は、制度論も重要であることは間違いないが、それは第二義的に重要な問題であり、まずは関係者における戦略的思考能力の有無それ自体が問われなければならないと考える。そういう思考能力は国民的文化に根ざしている面もあり、よほど意識的に啓発し、教育してゆかねば根付かないものだということを強調したい。『戦略的思考とは何か』と聞かれることがあるが、私の答えは、情報の収集と分析において『べき』論を排し、『である』論に徹することができるかどうか、に尽きると思う。その結果明らかになる『状況判断』のなかで国家・国民の『平和と繁栄』への道筋は自ずと明らかになるものである。ほとんどすべての『戦略策定』の誤りは、『状況判断』の誤りに起因するといってよく、ほとんどすべての『状況判断』の誤りは、『べき』論の『情報分析』に起因するといってよい」

(了)

別紙:村上正泰幹事基調報告原稿

(以上文責在事務局)