国家戦略研究会
国家戦略研究会第3回定例研究会(メモ)

2008年9月30日
財団法人日本国際フォーラム

 当フォーラム国家戦略研究会は、神谷万丈防衛大学校教授(本研究会主査)を報告者に迎え、「積極的平和国家:21世紀日本の国家戦略」と題して、その第3回定例研究会を開催したところ、その概要はつぎのとおり。

1.日 時:2008年9月30日(火)午後6時30分~午後9時
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.報告者:神谷 万丈  防衛大学校教授
4.テーマ:「積極的平和国家:21世紀日本の国家戦略」
5.出席者:下記15名(●は発言者)

主査   ●神谷 万丈 防衛大学校教授
幹事   ●村上 正泰 日本国際フォーラム所長
メンバー   ●伊藤  剛 明治大学教授
  上杉 勇司 広島大学准教授
●梅本 和義 外務省総合外交政策局審議官
●小笠原高雪 山梨学院大学教授
●金子 将史 PHP総合研究所主任研究員
●笹島 雅彦 読売新聞社調査研究本部主任研究員
●福島安紀子 国際交流基金特別研究員
●松村 昌廣 桃山学院大学教授
●宮家 邦彦 AOI外交政策研究代表
●宮坂 直史 防衛大学校准教授
●村田 晃嗣 同志社大学教授
  山本 一太 参議院議員(自由民主党)
●渡部 恒雄 三井物産戦略研究所主任研究員

6.概要

神谷万丈主査による基調報告

 冒頭、神谷万丈主査より、「積極的平和国家:21世紀日本の国家戦略」と題して60分間にわたり、下記のとおりの(別紙の基調報告原稿に沿った)内容の基調報告が行われた。

 国家戦略を論ずるには、具体的手段を論ずる前に、自国が何を目標とするのかという理念を確立せねばならなない。そのためには「状況判断」を適切に行わなければならないが、そのおおもとの「大状況判断」として、伊藤座長の言うところの「不戦時代の到来」という大状況を認識する必要がある。それでは「不戦時代の到来」とは何か。国家間の武力による「紛争」のうち、当事者が宣戦布告を行い、国際社会から正当な行為として「公認」された形で行われる闘争を「戦争」と定義するならば、今日の世界では、すべての「戦争」は違法化されており、どちらが加害者で、どちらが被害者か判別できない「等価性」の「戦争」はもはや存在しないという状態になっているということである。こうした構図の中では、国際社会には、被害者を助けて加害者を罰する責務が生じている。違法な武力行使とは、すなわち犯罪行為であり、犯罪に対しては、中立は許されないからである。これまでの国際社会においては、平和と安全の問題は、国家間の「戦争」の問題を中心として考えられてきたが、現在は、違法な武力行使に対し、平和のための武力行使を行う側に加わるのか、加わらないのかということが問われているのである。世界の平和と安全を脅かすものとして、今や、国際テロリズムや内戦型紛争における人道危機など、「戦争」以外の脅威がより重視されるようになっている。こうした脅威に対して、平和構築、国家建設を行うためにいかに軍事力を活用すべきなのかという点が問われているのである。かつての軍隊は戦うことが主目的であったが、ISAFなどのように現在の平和維持軍は、平和を創る活動を助け、それを妨害するものに対処することが主目的であり、どのように軍を平和構築に使うかが模索されている。しかし日本では、こうした発想の転換に全くついていっていない。アフガニスタンには、イラク戦争に反対した欧州、またイラクに軍を派遣しなかったカナダまで参加しているが、日本では「武力行使はいかなる場合も認められない」といった見解が主流となっている。
 こうした状況を打破し、日本の国家目標を定めていくには、「積極的平和主義」、「積極的平和国家」がキーワードとなる。これまでの日本の平和主義は、軍国主義の否定や戦争への反省に立って、「平和の破壊を行わない」という考えが根底にある。しかしながら、「不戦時代の到来」という大状況があらわれている中にあって、とくに湾岸戦争以降、「平和を創る」ということに積極的に関与しなければならない状況になっている。かつての国家間の紛争とは異なる紛争に日本がどう対応していくかが問われているのである。こうした「大状況判断」のもと、日本の目指すべきは「積極的平和国家」である。
 「積極的平和国家」とは、①軍事大国を志向せず、軍事力に関する自己抑制を極力維持し、②自衛と、平和のための国際的共同行動以外では、武力行使を慎むが、③自衛のために必要な最小限の軍事力整備や他国との協力はタブー思考なく実施し、④平和のための国際的共同行動では、軍事・非軍事の両方で自国にふさわしい役割を積極的に果たす、という国家のあり方である。国家目標には、国民が大切に思う価値観が含まれなければ単なる砂上の楼閣となるが、「積極的平和国家」は、軍事大国化を志向しないなど、日本のこれまでの平和主義で良かった点を残しながら、より良い転換をしていくということであり、日本の国家戦略の大目標として、また理念として成り立つだろう。
 日本の国益はグローバルに展開しており、その脅威も多岐にわたり、日本の国家戦略がグローバルな視野を持つことは必然的な要請である。もちろん、伝統的な脅威として、中国と北朝鮮などの軍事力による脅威の存在も考える必要がある。だが、中国の脅威に備えるというだけでは、日本の国家戦略として不十分である。中国に、自身が現在の自由と民主主義の開かれた社会の秩序の受益者なのだという認識をもたせ、「ステイクホルダー」としてよりその秩序の中に入ってきてもらう必要がある。
 「積極的平和国家」を目指すには、対外戦略を考えるのみでなく、日本の国内状況に関する「大状況判断」も必要となってくる。とくに日本経済の停滞、少子高齢化など、日本の国力基盤を脅かすものに対応していかなくては、国家戦略を実施していくことはできない。また世界におけるソフトパワーの重要性の高まりも見落としてはならない。国際社会では、「ノー・ジャパン」などと揶揄されるような日本の存在感の低下がみられる。ソフトパワーとは、自国の競争相手と思しき国家とのイメージ競争の一面もあり、国の「信用性」をいかに勝ちとるかが重要である。
 以上の国力状況を踏まえると、日本の国家戦略は、目標に見合った手段を可能な限り整備していく必要がある。「法制的思考」に代表される従来のタブー思考を捨て、現実にある脅威に対し、必要な能力と政策を可能な限り整備する姿勢が重要である。そこには、たとえばミサイル防衛、南西諸島などの島嶼部の防衛体制の整備、武器輸出三原則の修正・緩和、専守防衛や集団的自衛権不行使の原則の見直しなどが含まれよう。だが、こうした国家戦略は、自助努力だけで遂行していくことは不可能であり、国際社会との協調、とくに理念を同じくする米国との協調が必要である。今後日本は、基本的理念の近い米国との同盟を基軸にしつつ、中国を建設的なメンバーとしてアジア太平洋地域に統合することが重要である。

出席メンバーによる自由討議

 神谷万丈主査からの上記基調報告に対し、出席したメンバーからは下記のような意見が述べられ、活発な議論が繰り広げられた。

(a)  「不戦時代の到来」という大状況認識について

 「『不戦時代の到来』ということが意味する内容は、状況認識としてそのとおりだと思うが、言葉の持つ力は大きく、果たして『不戦時代』という表現が適切かどうかは検討が必要ではないか」、「表現の是非は別として、『不戦時代の到来』という形で、各国が置かれた環境が地殻変動をおこしており、それを踏まえた戦略を考えるという問題意識には同感である」、「『不戦時代の到来』という大きな方向性は共有できるが、正義が複数あることを完全に否定することができるのか。すなわち、現実のさまざまな紛争を個別ケースごとにみていった場合に、完全に善悪の白黒をつけた議論は可能か。それとも場合のよってはある程度のグレーゾーンのようなものがありうると認めるのか」、「これまでも国際社会において、いったん規範として確立したものでもすぐに壊れるということが頻繁に起きている。国際社会に『不戦時代』を支えるだけの基盤があるかどうか疑問である。欧米と同じ規範を共有していないBRICsの台頭などをみると、悲観的にならざるをえない。『不戦時代の到来』というのは、歴史観としてリニアであり、議論のスパンも短すぎるのではないか」、「『不戦共同体』に入っていない国、また『不戦共同体』に入っているふりをしている国家同士のグループ化が懸念される。そういう国家に対する戦略も考えていくべきである」、「米国政府は『対テロ戦争』という表現を用いているが、『不戦時代』だと言うと、日米同盟を基軸とする一方で、米国との間で考え方に齟齬が生じるのではないか」などの意見があった。
 これに対して、神谷主査より、「『不戦時代』という用語については、伊藤座長は『紛争時代』という用語も用いられている。言葉はいろいろあるだろうが、『不戦時代の到来』ということで言い表されている大状況認識を共有しておく必要がある。紛争において完全に白黒つけた議論が可能かという点については、あらゆる事例を突き詰めていくと、いろいろな場合があるかもしれないが、そうなると大状況判断を見失って、議論が迷路に入り込む可能性がある。まずは大きな視点から現代世界の変化を捉える必要がある。世界規模で経済的相互依存関係が深化している中で、不戦体制は西側世界から国際社会全体へと広がっており、そうした歴史の変化を認識する必要がある」とのコメントがあった。

(b)  「積極的平和国家」という国家目標について

 「『積極的平和国家』という国家目標に大筋賛成である。こうした国家目標を考えずに手段の議論ばかりをしているという指摘にも同感である。巷の議論では、国家の基礎的な与件に対する認識が弱く、野郎自大な外交論が展開されているが、こうした一部のナショナリスティックなムードにどう対応するのかということも考えなければならない。国家目標としては、日本がそこにいて望ましい国際環境をどう創出していくかを考える必要がある」、「『積極的平和主義』という言葉は湾岸危機のころから言われ始め、今や政治的なコンセンサスになっているのではないか」、「英語に訳して考えた場合、『積極的』というよりも『能動的』という方がいいのではないか」、「『積極的』というのは『リアクティブ』ではなく『プロアクティブ』という意味で理解すればいいのではないか」、「『積極的平和国家』の理念には賛成であるが、そもそもこれは、湾岸戦争当時に世界第2位の経済力を誇っていた日本が、もっと世界に貢献すべきだという状況のもとで形成され始めた理念である。エネルギー・食料自給率の低下など、今後明らかに日本の国力基盤が低下していくことが目に見えている。国力の基盤が動揺し、どんどん余裕がなくなっている中で、それと『積極的平和国家』をどうリンクさせていくかを考える必要がある。例えば、自衛隊の艦艇がインド洋に派遣されているが、その地域の日本の船舶が被害にあっても十分な保護すらできていない現状にある。シーレーンの防衛をどうするのかという日本の国益にダイレクトにつながる戦略を検討し、その中で『積極的平和国家』を目指していくべきではないか」、「『積極的平和国家』を目指すには、経済、人口減少などによる日本の国力の低下を視野にいれた議論が必要ではないか」、「『積極的平和主義』といった場合、同じ言葉を使いながら、自衛隊の派遣を唱える人がいる一方で、逆に自衛隊ではなく経済協力とかNGOによる協力が重要だという人もいる。具体的にどのような手段で『積極的平和主義』を目指していくのか」、「『積極的平和国家』において憲法の問題をどのように考えるか、国連安保理決議と武力介入の関係をどのように考えるか、といった点も議論する必要があるのではないか」、「『文化の安全保障』ということも考えるべきではないか。その中で日本の考えるソフトパワーを位置づけていくべきではないか」、「これまで日本では国家目標として『海洋国家』ということが言われてきたが、それが依然として有効か、むしろ足枷になっているのではないか議論する必要がある」、「今回の報告では『積極的平和国家』を『国家目標』、『顔』、『理念』などさまざまな言い方で表現しているが、具体的な手段等とも組み合わせて、その位置づけを明確に示す必要がある」、「今回の報告は理念的な話に偏っており、具体的に実際の政策をどう作っていくかということを議論すべきではないか」、「『積極的平和国家』は、国家戦略というより、紛争において武力を使うことを正当化するというためのイデオロギー構築なのではないか」などの意見があった。
 これに対して、神谷主査より、「これまで現実の政策ということでいろいろ積み重ねてきたが、そもそもの理念が欠けているために、全体としてまとまった形のある政策になっていない。理念の部分が欠けているのが問題であり、まずはそこをしっかりと押さえる必要がある。その上で具体的な政策については、今後議論していきたい。『積極的平和国家』は、レトリックとして受け入れられていても、実際にはあまり何もしていないのが現実だ。国力基盤が低下してきているからと言って、日本が行動しなくていいということにはならない。日本よりもGDPなどが低い国であっても、紛争に対して関与する責任を果たしている。『積極的平和国家』にとって手段はいろいろあり、もちろん軍事以外の手段も使うとしても、だからといって軍事をタブー視してそれを避けてはならない」とのコメントがあった。

(了)

別紙:神谷万丈主査基調報告原稿

(以上文責在事務局)