国家戦略研究会
第1回定例研究会(メモ)

2008年4月18日
財団法人日本国際フォーラム事務局

当フォーラム国家戦略研究会は、西原正平和・安全保障研究所理事長を報告者に迎え、「戦略研究の視角」と題して、その第1回定例研究会を開催したところ、その概要はつぎのとおり。

1.日 時:2008年4月18日(金)午後6時30分~午後9時
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「戦略研究の視角」
4.出席者:19名
5.概要

伊藤座長ほかの挨拶

 冒頭、伊藤憲一座長より本研究会設置の目的について「本質的に重要なことは、大戦略的問題をテーマに取り上げる場があるかないか、と言うことではなく、そのような大戦略的問題を戦略論的に研究する場があるかないか、ということではないか。もし、そのような場の先駆けになることができるとすれば、それこそがこの研究会の存在意義である。本研究会は、タブーなしに、自由闊達な議論をする場であることに、その第一のレゾン・デートルを見出したい。それこそが、戦略的思考の第一の条件であると考える。国家戦略をテーマにすれば、それでもう国家戦略を論じているようなつもりになるのではなく、国家戦略を戦略論的に議論することによって初めて戦略を議論していることになるのだ、との認識を共有するところから出発したい」との挨拶がなされた(その全文は、「第1回定例研究会における伊藤座長の挨拶」を参照)。
 つづいて、神谷万丈主査、村上正泰幹事からの挨拶の後、本研究会の活動を後援する読売新聞社を代表して笹島雅彦メンバーから「研究会の活動ぶりは、読売新聞の紙面で適宜紹介したい」、さらには国会議員である小池百合子、前原誠司、浅尾慶一郎の3メンバーより「この研究会の成果に期待している」との言葉が述べられた。

西原正氏による基調報告

 続いて、西原正氏より、「戦略研究の視角」と題して45分間にわたり、下記のとおりの(「西原正氏基調報告レジュメ」に沿った)内容の基調報告が行われた。この報告は、1988年に同氏が上梓した『戦略研究の視角:平和と安全のための12章』の内容を、アップデートした形で敷衍したものであった。

 そもそも『戦略』という言葉は軍事概念としてスタートし、詭計というのが元来の意味である。同じ軍事用語であっても『戦略的バランス』と『戦略兵器』とではその意味するところは異なるが、『大局に決定的影響を与える』という点では共通しており、これが戦略本来の目的である。なお、軍事用語である戦略は、今ではそこから派生してさまざまな形で使われるが、国家のあり方を考えるという意味で『国家戦略』、もしくは『大戦略』という概念もあり、これはより多元的な目標を追求するものである。どのレベルで考えるかによって、おのずからその内容は異なってくる。戦略の特徴としては『秘密性』が挙げられるが、これは相手に手の内を読まれずに目的を実現するということであり、その意味で戦略と諜報とは密接に関係している。さらに、『間接性』というのも戦略のひとつの特徴であり、真っすぐの正攻法ではなく少しひねった形で対処することを意味する。
 戦略研究の方法としては、戦略がどうなっているか、どのようにして作られてきたかを研究する『記述的戦略論』と、戦略はどうあるべきかを研究する『規範的戦略論』の2種類があるが、この2つのアプローチの違いを明確に理解しておく必要がある。『記述的戦略論』の研究はよく行われているが、それに比べて『規範的戦略論』の研究は日本では少ない。
 軍事戦略思想には、『決戦戦略』と『不戦戦略』という2つの対照的な流れがある。決戦戦略を代表するのがクラウゼヴィッツであり、不戦戦略を代表するのが孫子である。『戦わずして勝つ』という不戦戦略はアジアで最初に唱えられたが、第1次世界大戦後にリデル・ハートが、ヨーロッパにおける戦争で不戦戦略の方が決戦戦略よりも多用されていたと実証した。そして、リデル・ハートは『間接アプローチ』の方が効果的であると主張した。相手と真っすぐぶつかるのではなく、そうなることを避けながら、勝つような状況を作り出していくというアプローチである。その一形態としてゲリラ戦争が挙げられる。また、間接アプローチは外交においても適用できる。たとえば拉致問題に関しても、『拉致被害者を帰せ』と直接的に言うだけでは帰ってこない。
 日本に国家戦略があるのかという点について考えてみたい。戦後、日本は『吉田ドクトリン』の下で軽武装と経済回復重視の政策を進め、これらの目標を達成した。1970年代までは吉田元首相の作った戦略がうまく機能したと言えよう。日本には戦略がないということが言われるが、たとえば非核三原則にしても、核を持たないということで対外的に良いイメージを示すとともに、リソースを他の分野に向けるという意味で、一つの戦略であったと言えるだろう。さらに、武器輸出三原則、専守防衛、防衛費GDP1%枠なども、カネをかけないで国を守る姿勢を示す上での戦略だったと言えよう。これらは、戦略ではなく国内の制約に追われてやっただけだとの指摘もあるが、いくつかの戦略を持っていたのは事実である。また、近年でも、小泉首相の『日米同盟さえきっちりしておけば対アジア外交は大丈夫』とか、福田首相の『日米友好と日中友好を共鳴させる』、さらにその間の安倍首相の日米豪安保協力と日米豪印連携、麻生外相の『自由と繁栄の弧』などにしても、十分かどうかの問題はあるけれども、それぞれに戦略思考の傾向があったと言えよう。
 こうした戦略を決めるのは誰なのか。首相の下に『外交戦略会議』を作って議論するというアイディアがあるが、そのような組織を作って内部で議論するのはいいが、公開の場でそれをやると意味がない。限られた人が分からない形で決めるのが戦略であり、手の内をすべて見せると戦略ではない。民主主義社会においてはいくつかの大きな方針は出さざるを得ないが、多くは秘密であるべきだ。果たしてそのようなことが『外交戦略会議』で可能であろうか。また、国家戦略と言った場合には、安全保障以外にも環境や少子化など重要な課題がある。安全保障戦略は国家戦略の一つであり、さらに安全保障戦略には国防戦略も含まれる。国家戦略の下でこれらに整合性がなければならないが、こうした議論はほとんど行われていない。
 今後の日本の外交・安全保障戦略を考えると、日本はこれまで日米同盟重視でやってきたが、日米同盟が永遠でないとすると、日米同盟への依存度を低めるというときにどうするのかということが問われてくる。これに対して、しばしば日中友好ということが言われるが、本当に日本はそれでやっていけるのだろうか。中国は口で言っていることとやっていることが違うが、日本としてどう対処していくべきか。一般的に言って、相手が強くなった場合には、自分の力も強くして均衡を確保するか、相手の中に入っていくかの2つの方法が考えられるが、後者は取り得ない。独立を維持しながらどうやっていくかを考える必要がある。具体的には同盟国の間を分かつという方法が考えられよう。中国は日米離反を考えている。中国がこのまま強くなってきたら、『遠交近攻』ではないが、我々も中国の周辺国を引き寄せることが重要になってくるだろう。

出席メンバーによる自由討議

 西原正氏からの上記基調報告に対し、出席したメンバーからは「戦後の日本には戦略がないと言われてきたが、これほど平和と繁栄を確保した国は他になく、途上国は日本の戦略を知りたがっており、その評価に大きなギャップがある。むしろ、これまでの戦略は成功してきたが、今は戦略を失って道に迷いつつあると言えるのではないか」、「1957年の『外交青書』が掲げた国連中心主義、日米同盟堅持、アジア重視は50年間持続したが、自由と繁栄の弧は1年で消えた。なぜ国家戦略にならなかったのか。今の日本には国家戦略を決める思考回路に大きな問題があるのではないか」、「同じ戦略でも相手によって認識の仕方は違ってくるし、相手に対してどのように見せるかによっても、その影響は異なってくる。『戦略をどのように見せるか』というスタイルも重要なのではないか」、「戦略として意図した効果があったかなかったかに加え、意図しない効果があったという場合もあり得るが、その場合に戦略への評価はいかにあるべきと考えるか」、「戦略の特徴として『秘密性』について言及があったが、アメリカではこの点はあまり指摘されておらず、むしろ共有しようという意識が強いのではないか」、「どういう戦略を持つかという議論の前に、目前の世界はどういう世界なのかに関し、認識を整理する必要がある。国際情勢認識が歪んでいたら、どんなに良い戦略を作っても成功しない」、「これまでの日本はアメリカみたいになりたいという希望を戦後ずっと持っていたが、そろそろ自らどうあるべきなのか、どのようなパワーとして生き残っていくのかを考えていくべきときである」、「国家戦略と企業戦略には違いがある。企業の場合には、国に比べて戦略を立てやすい。しかし、成功している企業は戦略が優れているからではなく、企業文化が優れているから成功しているのであり、企業にとって戦略はあまり役立っていない」などの意見が述べられ、活発な議論が繰り広げられた。

今後の研究会運営方針に関する意見交換

 神谷主査より「この研究会は、基本的にメンバー全員の総意によって運営してゆきたい」として、今後研究会として取りあげるべきテーマやその報告者の人選等について相談があり、30分ほどの協議が行われた。

(了)

 別紙1:第1回定例研究会における伊藤座長の挨拶

 別紙2:西原正氏基調報告レジュメ

(以上文責在事務局)