外交円卓懇談会

第90回外交円卓懇談会
「国連安保理は成功しているか否か」(メモ)

2013年6月5日
公益財団法人日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局

 日本国際フォーラム等3団体の共催する第90回外交円卓懇談会は、デイビッド・マローン国連大学学長・国連事務次長を報告者に迎え、「国連安保理は成功しているか否か」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2013年6月5日(火)午後3時00分より午後4時30分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「国連安保理は成功しているか否か」
4.報告者:デイビッド・マローン 国連大学学長・国連事務次長
5.出席者:18名

6.報告者講話概要

 デイビッド・マローン国連大学学長・国連事務次長の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

ペレス・デクエヤル事務総長の果たした役割

 安保理は、確かに冷戦時代には、コンゴ動乱等での限られた役割しか果たせなかった。しかし、1980年代後半以降、2期目に入ったデクエヤル事務総長は、当時峻烈を極めていたイラン・イラク戦争について、国連が何もしないことを問題視し、安保理常任理事国(P5)に面と向かって「あなたたちに責任がある」と言い切った。これはP5に大きな衝撃を持って受け止められ、曲折を経たものの、1987年のイラン・イラクへの安保理決議につながったと考えている。同決議の意義の1つは、もとよりこの戦争を終結させたことであるが(両国が同決議を受け入れたのは1988年であり、当初両国は同決議を信じていない様子であった)、P5が協調したことの意義もきわめて大きいと私は思っている。実際、同決議をもたらしたP5の協調は、その後のナミビアやエルサルバドル等に対する国連の積極的な働きかけにつながった。このことは、P5が「やる気になった案件」については、安保理が機能するという状況をもたらした。

紛争の変化と安保理関連アクターの変遷

 1990年代以降、国連は様々な平和維持活動を展開し始めたが、ソマリアやルワンダでの失敗は国連の信頼性を損ねる結果を招いた。憲章第7章に基づく決議を採択しても、実際のところ武力行使の承認は限られたものであった。他方、カンボジア次いでモザンビークの例が示すように、武力紛争の形態が国対国から内戦に変わっていったことが、新たなアクターを必要とせしめた。内戦は、国内・地域における様々な問題にも関係しているため、国家間戦争に比べて複雑であり、終結させるのもより難しい。マイノリティー側の多くは負け戦を恐れ、武装解除せず、リスキーな戦略を持つ傾向があり、国内・地域がきわめて不安定化するという現状もある。こうした中、国連がより効果的な平和維持活動を実践するために、地域機構との関係構築を模索したが、実態においてはむしろ現地事情に通じる「国境なき医師団」をはじめとするNGOの協力を得る必要が生じた。こうしてNGOが安保理にとって有益な存在となるに至っている。

人道的関与とテロリズムへの対応

 こうした状況下で、人道上の配慮が安保理を機能せしめる要因となった。1990年代初頭のクルド人の惨状に対する「緊急人道支援」がその最初のケースとなり、安保理決議を受けた多国籍軍が同地域に展開されたが、その最大の狙いは武力を用いた戦闘行為の終結だけではなく、クルド人の人権と生命を守ることであった。また、内戦は政治の崩壊によって引き起こされるので、それを真に終わらせるためには「政治の復活」が必要であった。それはすなわち、公正な選挙の実施であり、ここにも安保理の役割が生まれた。
 もう一つの要素はテロリズムへの対応である。リビアによるUTA機とPANAM機の撃墜に対する制裁決議に続き、1989年のケニヤとタンザニアでの米国大使館爆破事件により、安保理がテロと向かい合うこととなった。安保理は1989年にアルカイーダとタリバンに制裁を課したが、9.11をきっかけとし事案が増え、テロリズムへの対応は今や安保理にとって極めて重要な課題となっている。

国連安保理改革の見通し

 こうして安保理が動くようになると、そこに席を得たい国も増えることとなり、1993年からは安保理改革が俎上に上った。しかし私個人としては改革の実現可能性は低いのではないかと思っている。例えば安保理において、意志決定の透明性を高めることは重要であるが、これはむしろP5間における非公式の対話や会合を誘発する状況を招いている。拒否権について言えば、現在の常任理事国が、他国に対し追加的に拒否権を与えるとは考えにくい。だとすれば、仮に安保理の構成国を増やすとしても、拒否権なしのメンバー国はP5より格下とならざるを得ず、それは常任理事国入りを目指す関係各国に受け入れられるものではないだろう。現常任理事国からの圧力も無視できない。例えば中国が、日本の常任理事国入りに強く反対しつつ、インドの常任理事国入りを巧妙にもみ消したことは、記憶に新しい。他方ドイツについては、「ヨーロッパの国が多すぎる」との反感を惹起する。以上のように見ると、安保理改革は10年前より後退し、何が改革の「引き金」になるかを見通すことは困難である。

国連と国家主権

 人権、民主化、大量破壊兵器、テロリズムの分野で顕著となっているのは、P5を除いては、国家主権が絶対ではなくなってきていることである。

(文責、在事務局)