外交円卓懇談会

第111回外交円卓懇談会
「東南アジアにおける大国間政治」(メモ)

2015年4月17日
公益財団法人日本国際フォーラム
グローバル・フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局

 日本国際フォーラム等3団体の共催する第111回外交円卓懇談会は、ヘン・イクァン・シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院准教授を講師に迎え、「東南アジアにおける大国間政治」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2015年4月17日(金)14時00分より15時30分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「東南アジアにおける大国間政治」
4.報告者:ヘン・イクァン・シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院准教授
5.出席者:17名

6.講師講話概要

 ヘン・イクァン・シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院准教授の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

大国間政治を見据える東南アジア

 地政学的戦略の達人といわれるリー・クアンユー・シンガポール元首相は、かつて、いわゆる大国間政治について「二頭の象が争えば、草地は傷む。二頭が愛し合えば、壊滅的となる」と語った。この考え方にしたがえば、シンガポールなど東南アジアの小国は、日・米・中といった大国間が衝突するのを避けるよう努力するとともに、大国間の折衝に関与し続ける必要がある、ということになる。リー元首相は、また米国について「最も信頼できる国」というより「最も疑惑のない国」であると語ってもいるが、大国が「信頼」に値するかどうかが、たとえばASEAN諸国が大国間政治にいかに対応するかのポイントとなる。「信頼」といえば、中国の存在が気になる。中国の軍事費の増大とその不透明な意図は、近年、東アジアの国際関係の最大の懸念材料となっている。中国とASEANは2002年に各国に南シナ海での自制的行動を求める「南シナ海行動宣言」を採択したものの、その後、中国は2010年7月に潜水艦を使って南シナ海海底に国旗を立て、2014年5月には南シナ海に石油掘削機と哨戒艦艇を配置し、同年8月には中国軍戦闘機が米軍哨戒機に異常接近するなど、域内諸国に不信と不安を与えている。そのような中、中国の動向に対応する日米など他の大国の動きが気になるところだが、ASEANは、組織としては中立を謳っているものの、内部を見れば、南シナ海における主権をめぐって中国と対立する国と中立を堅持したい国との分断が生じ、各国間に利害のばらつきがみられる。たとえば、2013年1月にフィリピンがこの問題についてASEANの枠組みを飛び越えて直接、国際海洋法裁判所に訴えたところ、シンガポールがその一方的な行動に不満を表明した一件は象徴的である。

大国間で立ち回る東南アジア

 オバマ米国大統領のいわゆる「アジア回帰」政策は、この地域に緊張と不信の悪循環を引き起こすのではないか、との懸念を一部のASEAN諸国に与えた。というのも、多くのASEAN諸国は中国の台頭の恩恵を受けつつ、日本、米国をはじめとする他の周辺大国との良好な関係と両立したいと考えているからである。その意味で、ASEAN諸国は、米国には中国と建設的かつ安定的な関係を維持してほしいと期待している。また、シンガポールがチャンギ海軍基地を米国だけでなく中国や日本の軍用艦に停泊を許可していること、ベトナムが米国から哨戒機の購入を進めつつロシアの給油機のカムラン湾へのアクセスを認めていること、インドネシアがナトゥーナ諸島において国有エネルギー企業・プルタミナと米国シェブロン社の協力を大々的に進めていることも、同じ理由から理解されうる。ただし、2014年4月にフィリピンが米軍との軍事協定を結び、米軍によるフィリピンの軍事基地へのアクセスを強化したことは、米国によるこの地域での軍事再編の一つの重要な動きとして注目されよう。日本についてみれば、東南アジアにおける日本の役割は以前にもまして重要度が増している。近年、日本と東南アジアは経済関係を深化させつつあるが、2013年12月の日・ASEAN特別首脳会議で「地域・地球規模課題に関する共同声明」を発表し、国際公共財である地域の空域・海域における航行と上空飛行の自由のための協力を進めている。また、安倍首相による就任直後の全ASEAN加盟国への訪問などは、ASEAN諸国から高く評価されている。

日米が一歩リードする域内ソフト・パワー競争

 大国間政治のもう一つの側面としてソフト・パワーにおける競争があげられるが、近年、この分野での競争が東アジアでとくに顕著となってきている。中国が推し進めるアジアインフラ投資銀行(AIIB)なども中国のソフト・パワー戦略の一環として捉えうるが、これには、すべてのASEAN加盟国が参加を表明している。その意味で中国が対ASEAN外交で日米に一歩先んじた印象を与えてしまったが、実際のところ、ASEAN加盟国は、AIIBに創設時から関わることで、そのルール作りに携わろうという狙いがあり、ただ中国に追随しているわけではない。また中国のソフト・パワー戦略の象徴とされる「孔子学院」であるが、その存在にもかかわらず、この地域でのソフト・パワーとしての評価はかならずしも芳しくない。ASEAN諸国としては、むしろ日本のソフト・パワーの増強への期待が少なくない。その点、シンガポールのイニシアチブで設置されたジャパン・クリエイティブ・センターなどは日本のソフト・パワーの宣伝窓口として注目される。また、自然災害の多い東南アジアにおいては、人道支援や災害救援などの分野で、日本や米国が活躍できる機会が少なくない。最近でも、日米両国が2013年11月にフィリピンを直撃した台風「ハイヤン」の被災地で行った救援活動は高く評価され、中国の支援との差を見せつける結果となった。他方、中国は、「ハイヤン」での失敗から学んだのか、マレーシア航空370便探索活動においては目に見えるかたちで中国軍を派遣し、地域での評判を高めるとともに脅威としての印象を弱めようとしている。

東南アジアの古くて新しい戦略的前提

 ASEAN諸国は、なにより大国間政治から排斥されることを恐れており、いずれの大国との関係をも維持しようとしている。すなわちASEAN諸国は、中国の台頭を前に、その恩恵を求めて対中関与の度合いを強めつつも、同国の既存の秩序を変更しかねない動きを警戒しており、それゆえ、日本、米国、インドはじめとする他の大国に対しては、東南アジアにおけるプレゼンスを維持し、域内に「力の真空」が生じることをふせぎ、航行や航空の自由といった規範を遵守することを期待している。自らの地政学的立ち位置を認識し、大国間政治のあおり、つまりリー元首相が語った大国間政治の両極の事態のあおりを受けることのないよう巧みに立ち回ることがASEAN諸国の最大の戦略課題である。今後とも、東南アジアはそのような戦略的前提に立ち、行動するものと思われる。

(文責在事務局)